対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

そう遠くない場所で

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きょうは台風。台風の中、車を飛ばした。波を切るように走った。

 

なぜリンチの映画には、運転席からのショットが多いのか。それも暗やみの。

 

爆走して進んでいるのに、どこにも向かっていけてないような感覚。

 

全能感と不全感。

 

今日別大国道を飛ばしていてたまに前が見えなくなってそれを思い出した。

 

前が見えなくなるというのは危険だが、半分はうれしい。

 

哲学対話は深く潜っているのか、広く進んでいるのかよくわからない。

 

あまがさきの赤井さんは掘り下げるのではなく、堀り広げると言っていた。

 

囲碁のルールはよく知らないけど、キャンバスに模様のようなものが、

 

点々と置かれていって、ときには繋がったり、離れたり、違うキャンバスに移ったり、

 

滲んだり、そういうのに耐えられない方がたまにいらっしゃる。

 

でもファシリテーターとして自分は交通整理はあんまりしない。

 

中立というわけではないけど。

 

 

 

文学の経験は、錯乱状態の試練そのものであり、統一性をのがれ去るものへの接近である。了解も一致も権利もなしに存在するものー彷徨にして外部であり、とらええぬものにして不規則なもの、そういうものの経験である。モーリス・ブランショ