対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

北海道、網走・知床・十勝への旅 1日目

 

 

 

毎朝、会社で清掃活動をする。

自分は主に外回りの落葉などを掃く担当になっている。

この時期は落ち葉が多く、毎日毎日掃いても降ってくるが、

清掃後はなかなか清々しい気持ちになる。

 

ただ積もった落ち葉を掃くと、時折その落ち葉を寝床にするように

ダンゴムシの集団が身を寄せ合っていることがあり、

彼らの安息地を荒らしてしまったことへの申し訳なさが微かに残る。

むげねえことをしたなと。

 

 

 

アイヌ文化研究者萱野茂氏の著書『アイヌ歳時記』(ちくま学芸文庫)の冒頭に

こんなことが書いてあった。

 

 

 今から七十年近く昔のこと、私が祖母てかってに連れられて近くの沢や山へ山菜を採りに行くと、祖母は独り言のように「隣のばあちゃんも採りにくるといっていたから」とつぶやいて、次々と採る場所を移していった。

 それは、隣のばあちゃんのためといいながら、実は一カ所で山菜を根こそぎ採りつくさない、自然を大切にする心得であり、来年の種を残すための教えであった。また、小魚を獲るために平たい石を動かすと、それは魚の寝床なのだから元のように平らにしなさい、というなど、アイヌは本当に自然の中に生き、山から、川から食べ物をいただくという感謝の心を忘れなかった。

 

 

それはやさしというより、弱さの力。

わからないけれど、そういう感受性のことをなんと呼べばいいのだろう。

その弱さこそが、他者(動物や虫もふくめて)との通路になりうると。

 

 

GoToキャンペーンを利用して社員旅行で北海道へ行った。

先々で「アイヌ」の文化(観光化されたそれ)に触れた。

九州と北海道は端と端。

チェーホフの書いたように、一方の端に触れたら、もう一方の端がゆらぐのか。

撮った写真を並べながら、おもったことを書いてみようと思う。

 

 

f:id:kannawadokusho:20201031202928j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031203006j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031203200j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031203322j:plainf:id:kannawadokusho:20201031203232j:plain





 

旅は誰かが言ったように、目的地に向かうことよりも、

住んでいる場所から離れることに愉悦があるのかもしれない。

 

1日目は層雲峡温泉まで行って宿泊した。

新千歳空港からは雨だったけど、あしたからは晴れた。