対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

【開催報告】アートで哲学カフェ in 国東半島 5.3-3

 

 

 

日常にある死と再生。昨日の自分と今日の自分は同じ存在だろうか。 

 

 

 

そもそも職業とは誰かのニーズがあり、そのニーズに応えて成立するもの。アートには、もともとニーズがない。自発的に想いをカタチにしているだけ。だから職業となじまない。しかし、ごくまれに職業として成立してしまう者が現れる。ここが、幻想を生む原因だ。では、これを、どう考えれば良いか。

 

アーティストとして生きること 宮島達男

 

 

 

 

次のスポットは自然の造りだした「行者洞穴」へ。

 

 

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波で浸食されてできた洞穴群。

ここがなぜ祈りの場、修行の場になったのだろうか、とか

どこまでが自然でどこまでが人工なのか、とか

さっき見た美術館との相関関係など浮かんできた問いは

後から集まって対話の題材としました。

 

 

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浸食されるということは、ここが境界であるということ。

海と陸の、波打ち際の。

潮に常時晒されてつねに洗われて浄められているとも言える。

 

 

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今の時期は夕陽が岩間のスリットから射し込む。

光線が倍加され、これを世界の開闢と感じることもできる。

子宮から生まれ出るときの眩い光とも。

何度でも生まれ直すことができる。

個と宇宙。そんなことを話しました。

 

 

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岩場に打ち寄せる波は反響して反響して、

金属質の音のシャワーを絶え間なく浴びた。

 

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行者洞穴を見終わった後、ちかくの浜辺に移動し、

ひまわりのオブジェの下で対話をしました。

 

最初の石仏から不均質な自然と人の美術館、そして行者洞穴で体感したことを

言葉にしていきます。

 

対話型鑑賞においては「どこからそう思う?」という問いかけが重要になってきますが

その根拠を語るのはなかなか難しかったりもします。

 

対話の間、間に聞こえる渚の音が心地よく、自然と同期するようなリズムで

話し聴き考える事ができたのは屋外ならではの体験でしたね。

 

 

次のスポットへ、つづく。