対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

【開催報告】アートで哲学カフェ in 国東半島 5.3-6

 

 

 

最後に訪れたのは、「成仏」という名前の地名につくられた、

宮島達男の「HUNDRED LIFE HOUSES」という作品。

 

いままでこの開催報告の冒頭に宮島氏の言葉をもってきたのは、

ここに結びつけるためということもありましたが、

参加者の問いかけのなかに評価」とは関係なく存在するもの(作品)

というものがあり、それが私のなかにずっと響いていたからでした。

また最近見直したジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」

3月に私設展覧会のあった大分の画家佐藤俊造のことも思い出していたから。

それらの聯関を考えたかった。

 

 

映画「パターソン」の主人公パターソンは、日頃バスの運転手をしながら

合間合間に詩を書いています。

書いた詩を出版したりして世に発表するという気はないようです。

妻のローラは、家でペインティングをしたり、ギターを弾いたりして、

無名だがアーティストとして生きています。

またこの町のコインランドリーでは、夜ラップの詩を練習する黒人が出てきて

忘れ難い印象を残します。

誰もが生きるということと創作することが直結していて他者の評価というのに

関心がないような、その簡潔さのようなものに心打たれます。

 

佐藤俊造のことは最近の展覧会で友人に強く薦められて知った画家です。

展覧会で見た絵について、私には正直ピンとくるものは少なかったけど、

彼が日出町で農業をしながら砦を築いて創作し続けていたという姿勢に

心打たれるものがありました。

 

それと宮島達男の語るアーティスト、Art in You.という言葉、

そして評価とは関係なく存在するものが一挙につながったようです。

 

 

 

今回最後のアート鑑賞。

最後残れる方達でファミレスに寄って対話の続きをしました。

おつかれさまでした。

 

なにかしらこの体験が日常生活を照らし出すものであればと願います。

充実感も違和感も大切にしつつ。

報告はこれで終わりです。

 

 

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佐藤俊造展

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