Twitterで「親ガチャ」と検索してみていろんな人の意見を集めてみた。
「親ガチャ」って賛否両論あるみたいだけど、
俺は言葉ができたことで、 共感や救いが生まれたって思うんだよな。 拒否感を感じる人は自分の想像外の過酷な家庭環境があるって思い やって欲しいな。 あとメディアに気をつけて欲しいんだけど親ガチャは貧乏親VS金 持ち親みたいな単純な話しじゃないんです。 「親孝行」「どんな親でも子供を愛している」「子供は親を選んで産まれてきた」「親を大事にしろ」実は当たり前に使われてきたこんな言葉にひそかに傷ついてきた人がいる。俺も皆が当たり前に手に入るものが、手に入らなかった。だからせめて「親ガチャ」くらい許してくれという気持ちがある。高知東生
親ガチャがなんだ???小室○を見習え。天使
「親ガチャ」という言葉が若者の間で広がっている。努力したくない若者の言い訳だとする言説が広がっているが、その背景には社会保障のぜいじゃくさ故に親に人生を左右されてしまうという若者の現実があるという。Yahoo! ニュース
「私の絶望は、障害のある父の元に生まれたことでも、貧困家庭で育ったことでもない。その後の支援が薄く、脆弱な社会社会保障制度、自己責任論がまん延し、行き過ぎた「自助」を強いられる今の日本社会に対してだ」ヒオカ
親ガチャだろうが何だろうが生まれてきてしまったからには生きるしかない。 たった一度しかない人生なんだから、親ごときで左右されてるんじゃないよ。自分の運命は自分で切り拓け。三崎優太
親ガチャと聞いて真っ先に思い出したのは上野千鶴子の東大入学式祝辞だな。毀誉褒貶ある彼女だけど、この祝辞はほんまに素晴らしいと思った。日本最高学府へ入学する者たちへの言葉としてこれ以上はないだろう。イワンコクン
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。上野千鶴子の東大入学式祝辞
親ガチャという概念も現実も、この国からなくしていかなければなりません。岸田文雄さんこそ、格差に苦しむ方に最も真剣に寄り添い、子どもが親の事情により不利な境遇におかれない社会を目指すリーダーです。 自民党総裁選 岸田氏、「親ガチャ」流行に「寂しく、悲しい」 石原伸晃
「親ガチャ」にせよ「上級国民」にせよ、それを言い立てている人間の不満はどう考えても政治的にしか解決し得ないのに、「恵まれている」とされる側への嫉妬を共有するだけで終わってしまい、まったく政策論議にはならないところが、資本主義だけは絶対だと思い込まされてきたここ30年の帰結といえる。hhasegawa
親ガチャ、反出生主義…若者たちは「人生のネタバレ」に絶望している gendai
親ガチャ、という言葉を最近耳にする。親次第で子の人生は決まるという意味らしいが、政治哲学でも、親次第、運次第という考え方が強くなって結果平等社会を推進する根拠になっている。確かに酷い親はいるし虐待など論外だ。それでも愚直に言いたい。人生を決めるのは努力だ、と。幸福実現党政務調査会
親ガチャという言葉に対して「配られたカードで勝負するしかないのさ」ってイキってる層には「カードを配ってもらえない」人生への想像力が単純に足りていないと思う。CB
「親ガチャ」は放送禁止用語へ デーブ・スペクター
遺伝子 vs. 努力ではなく、努力も遺伝子だというのが近年の遺伝学ではホットなテーマですね。生物に努力を作動させるのも遺伝子プログラムですから。 Ore Chang
「親ガチャ」「子ガチャ」っていう言葉が生まれる時点でこの国の政治が機能してないことの証明でしかない。 Plum
その人の知性やセンス、才能も、結局は、その人の当事者性を超えられない、というのが多くの人に周知された結果、「実家の太さ」「上級国民」「親ガチャ」のような、身も蓋もない言葉が溢れるようになった。これらの言葉の持つ圧倒的なリアリティを超えるポジティブな言葉を、我々は生み出せるのか。落花生BOY
参考動画
https://vt.tiktok.com/ZSeeupgvq/