対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

あたらしい年の青い光線

 

f:id:kannawadokusho:20220109231156j:plain

 

 

 

 

 

からだをほどくとほとけ 野口三千三

 

 

 

 

 

 

おしなべて生あるものは、金閣のように厳密な一回性を持っていなかった。

 

金閣寺三島由紀夫

 

 

 

 

 

2022.1.3-9

 

月曜日

朝起きて、軽く清掃をして、しずかに本を読む正月。

今は月末の読書会にむけて、三島由紀夫の『金閣寺を読んでいる。

年末年始はずっと『金閣寺』だ。

金閣寺』にはイデアとしての日本のすべてが詰め込まれてあって、そして何もない。

イデアの先には死しかないのだった。

イデアが「あこがれ」であるとするならば、

その目線のさきにはいつも死があるのだった。

三島の切腹による自死は必然のようにも思う。

それがエクスタシー的なものなのかはわからないが。

エクスタシーも小さな死と呼ばれるものだけど。

ドストエフスキーのエクスタシーには癲癇による聖性の瞬間があったが、

三島には不思議と聖性には依拠していないところで書かれているように感じた。

ラストの究竟頂から拒絶される描写が唯一聖性を感じる場面だが、

ここの描写は本当に生涯忘れられないような圧倒があった。

 

 

 

お正月はしずかだから、冨士屋の庭から啼く鳥の囀りがよく聞こえ、

目の前の仏壇のなかに立っている仏像は昨年末京都の三十三間堂で見たほとけ様を

いつも想起させ、荘厳と自然とに抜ける観想が異様に心地よい。

そんな境涯になれるのはお正月のときだけだろう。

 

 

ブックオフ20%オフに行く。

正月の恒例行事になりつつある。

なかでも野口体操のDVDが売られていたのは掘り出し物だった。

漢検1級の問題集とか、ふだん買わないような本を買う。

 

 

 

自分自身のからだの動きの実感を手掛かりに、人間(自然・自分)とは何かを探検する営みを体操という  野口三千三

 

 

 

 

火曜日

ながらくテレビのない生活を送っていたが、ひょんなことからテレビがうちに来て年末年始いろんな番組を見るなかで、「やまと尼寺 精進日記」という番組がとても気に入った。住職、副住職、お手伝いの女性の3人の生活、主に日々の食事に力を入れたそれが写し出される企画。この尼寺はおそらく檀家制ではなく、純粋に信者さんによる寄附や野菜などの捧物で成り立っているように思われる。いろんな人がやってきて、このお寺の行事などに関わってでもべったりとではないような風通しの良いコミュニティができていてユートピアのようだ。むろんそこには「お寺」というものの場所がもつ力が人を集め経済を成り立たせているのだろうけど、このように支持されているのは「尼」さん自身の魅力ももちろんあると思う。そしてこの女性3人の「工夫」や「ブリコラージュ」によってこんなにも豊かな生活が送れるのかという驚き。もちろん表には出ない苦労もあるのだろうけど。随分前から放送されているようだし、最初から見てみたいと思った。(男3人ではこうもいかないだろうとも思った。女3人の個性というかキャラ立ちとは違う別の原理が動いているように思える。料理の技術、クリエイティビティを媒介としたきらめき)

 

 

 

水曜日

フリースクールのフライヤーを作成する。

分かりやすさって、なんだろうかといつも躓く。

 

 

金閣寺読了。

読了後もなにか荘厳な響きの音楽のようなものが鳴る。

これは物質とは何かを散文として問うた哲学書として読んだ。

バシュラールの炎の詩学を思い起こさせた。

これを月末の読書会でみんなと語り合うのが早くも楽しみだ。

書き写した言葉はノートで数ページにもわたった。

たとえばこんな一文。

 

 

 

 

柏木のひどく生まじめで冒瀆的な経の読み方が私にも伝染り、私はそこらの学生が鼻唄をうたうような心意気で読経をやってのけたが、この小さな瀆聖がひどく私の感覚を解放し、いきいきとさせた。『金閣寺三島由紀夫

 

 

 

作家の誰もがそうかは分からないが、三島は特に憑依型の作家であるだろうと思った。

 

 

 

木曜日

NHKの某番組にの制作に携わるディレクターさんと話をする。

読書会やフリースクールのことが番組内で少しでも触れられると嬉しいと思う。

 

 

永平寺安泰寺などの禅寺では作務を修行とみなしているので、

そのドキュメントを見ると、私はなぜか無性に無心に作務(掃除)がしたくなるから、

よく見るようにして、掃除片付けに勢いをつけている。

 

 

 

金曜日

f:id:kannawadokusho:20220109234356j:plain

 

『国宝へようこそ』シリーズが好きで図書館で借りる。

デザイン、写真レイアウト、簡潔なキャプション、とても読みやすい見やすい。

番組は8K限定のせいか、見られないけど。。

 

 

 

土曜日

天気があまりにも良すぎて歩く。

別府大学で聴講する。

話の上手い下手とはなんだろうかと考える。

 

読むことと聞くこととは違うので、

読むものを聴かされると辛くなる。

パワポというのはその橋渡しをするものなのだろうけど、

読むように作成されているパワポは聴いていても辛い。

でも学問はテレビを見るのとは違う体験で、むしろ読む側にあると思うので、

そこのところのバランスは難しい。

 

 

 

日曜日

ひさしぶりに昼寝をした。

昼寝をする気持ちよさは、夜寝る体験とはまったく別のもののに思える。

 

 

夜は「悩める教師のためのオンライン対話」を開催する。

テーマは「学校と勉強の必要性について」

いくつかのインスピレーションを得たので、別でまとめたいと思う。

話をしていて、なんだかとても解放された気がしたことを書き留めておきたい。

対話とは解放に向かうこともふくまれる。