対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

わしらは侮辱のそとで生きています。

 

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1994.2 Higashikoganei

 

 

 

 

なぜ人間の生命を産み育て、その死をみとるという労働が、

その他のすべての労働の下位におかれるのか、

という根源的な問題がある。

この問いが解かれるまでは、

フェミニズムの課題は永遠に残るだろう。

 

上野千鶴子 最後の講義

 

 

 

 

 

2022.1.17-23

 

月曜日

阪神・淡路大震災から27年が経つようだ。

 

1995年1月17日

私は当時18歳で上京し新聞奨学生という肩書きになるのか、日経新聞恵比寿専売所で働きながら予備校生をやっていた。5時46分頃はちょうど配り終えたくらいの時間帯で、寮の食堂で朝ご飯を食べようかとしているときに、テレビのなかが騒がしかったのだ。大きな地震が起きたことは分かったが、東京は対岸の火事であった。受験が控えていたから気が回らなかったのもある。そしてこの年の三月は地下鉄サリン事件が起きて、東京の空気が、潮目が変わったのを感じた。エヴァンゲリオンの放送がテレ東で始まり、小室哲哉のつくる楽曲がヒットチャートのほとんどを埋めていて、後に俺の時代は終わったと振り返られる宇多田ヒカルの登場まではあと数年のところ。時代はまだバブルの余韻がありまだ燥いでいたが、徐々にそれも冷えていった。こういう時代感覚は地方ではとても掴みづらい。凝縮、濃縮された時代の風や匂いのようなものが都会にはあった。

 

 

 

フリースクールとして、これを申し込んだ。ライブラリーが文系に依っているので、選ばれると嬉しい。

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火曜日

6kmほど坂道を下りたり上ったりして歩く。

ピリッと寒いけど気持ちがいい。

 

 

それにしても、おれもオカユも冬の調子はいまいちだ。

日光の弱さもあるのだろうし、寒さというものが精神に与える内向きの影響が

鬱陶しくある。いまではもう関係のない過去のつらかった出来事など思い出して、

息苦しくなる。

 

 

そんなとき、友人が送ってくれた神田橋條治先生の言葉など読むと不思議と解放される。救われの度合いの浅さ、深さというものがあって、浅いところで救われたような感じになっていると、いつまでも同じ所に彷徨っている。

 

 

 

 

 

 

現場が苦労であり、エネルギー源でもあるように。

 

 

良い型は自由な広がりを保証する。例えば、発声法を学ぶことによって修正される。自分 を束縛していた癖から脱することができる。みな同じように歌を歌い、そこから自分らし い発声をしていく。それが本当のスタートラインに立つこと。

 

 

全て、生体は良くなろうとしているので必ず何とかなる。

 

 

できるだけ無駄なことをするように。それらは全て、人生に重みをつける。

 

 

神田橋語録

 

 

 

 

 

水曜日

フリースクールの打ち合わせをうかりゆハウスで。

部屋の使い方、そろえるべき教材、フライヤーの修正など。

Googleに申請を出したら、GoogleMapに掲載されるようになった。

 

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木曜日

録画していた表千家の特集を見る。

極まった型が美しい、いやこれは美ではなく、道そのものの現前化だ。

型は堅苦しいものではなく、精神の歴史がそのまま凝縮されて体を通じて現前化する。

それ以外に茶道や伝えるべきものはない。

茶室の空(うつつ)に、黙したるなかの釜湯の茹でる音に、

卒倒しそうなほどの充実を見た。

 

 

金曜日

 

 

夜は珍しく21時頃には眠くなって、早めに床についた。

そして深夜の一時過ぎに激震に見舞われた。

長い揺れで、30秒くらいは揺れていたように思う。長く感じた。

大分は震度5強、別府は震度4だという。

 

アラームが鳴ったのは聞こえたが、すぐに揺れたようだった。

オカユが飛び起きて、あたふたしていたので抱きすくめた。

神棚の榊が倒れたくらいで被害はなかった。

鉄輪は岩盤が固いのだろうか。

下の亀川に住むNさんは冷蔵庫が動いたり、本が飛び出したりしたようだ。

余震はつづいて、私もオカユもすこし興奮状態にあり、

梅酒をすこし飲んで眠った。

 

 

 

土曜日

眠い一日。昨日は浅い眠りだったのだろう。

余震がたまに起こる。

近くで解体工事をしているので、その振動と混同する。

熊本地震の際に揃えた防災グッズが何処にいったのか、

この際に整えよう。

 

 

上野千鶴子の「最後の講義」を見る。

私が考える対話的態度と通じるものがあった

 

 

・ケアとは、権力の濫用を抑制し続けてきたプロセスのこと

・「ケア」という非暴力の実践に男を招き入れるのが、女の役割

フェミニズムとは、弱者が弱者のままで尊重される社会

・強者はずっと強者のままでいられない

・弱さを認めること

・安心して弱者になれる社会を!

 

 

 

 

 

オンラインで「哲学対話と教育」を聴講。

ここ最近で、教育の中に哲学対話を取り入れる意義を少しづつ見出していっている。

上野千鶴子の論とも符合していく。

対話とはマッサージだ。

 

強い者のこわばり(こうであらなければならない、べき、権威の仮面)をほぐすマッサージだし、弱い者の声を聴くことでも心が解きほぐされていくマッサージとなる。そのためには変容が必要で、自己の意見に固執する一歩も動かない姿勢は、対話の本質からはほど遠い。変容の前に、驚きがある。おおっ、そうだったのか!というような。そのときに呪いからも、時代の病からも自由になれるはず。

 

 

 

日曜日

地震からの緊張か、体がこわばっている。10時間は眠ったようだ。

ほかの人もそうだったのか「本読みに与ふる時間」に朝起きれないとのことで

ある参加者からキャンセルが入る。

 

雨が一日降り続けた。

今日は余震はないようだ。

 

 

明日からはNHKの某番組の撮影がはいる。

協力者として、フリースクールの名前がクレジットされると嬉しいなと思いつつ。

 

 

ティク・ナット・ハンが死去の報。

 

 

世界でいちばん豊かな人なのに

いのちをつなぐために物乞いをしてきたあなた

貧しい子でいるのはもうやめよう

 

戻ってきてほしい

 

大地に触れる思想 ティク・ナット・ハン