対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

無音の知性

 

 

 

 

 

イルカの交信がかれらのなき声によってはなされないで、音と音のあいだにある無音の間の長さによってなされるという生物学者の発表は暗示的だ。

 

武満徹『音、沈黙と測りあえるほどに』

 

 

 

 

2022.10.17-23

月曜日

 

夜は冷たい風が吹いたが、

猫のオカユは温泉の蒸気が出る側溝に座って蒸されていた。

 

 

火曜日

こどもたちとこども哲学の時間。

前回とは違って手応えを感じた。

手応えとは、こどもたちの集中の度合いとか、聴く姿勢とか、意見の質とかが

充実していること。すばらしい時間だった。

そうだよ、これがしたかったんだよ!みたいな。

 

 

 

 

水曜日

勉強はすばらしいと思う。

テストで良い点をとるとか、そういうこともいいが、

それよりも勉強とは端的に自己変容、自分を超えていくものであることを、

九九やアルファベット、ローマ字に苦闘する子どもたちを見て思う。

 

 

木曜日

こどもたちとサッカーボールを蹴る。

ひさしぶりの蹴り込まれるときの足にボールが埋まっていく感触。

思ったより遠くに飛ばないのがもどかしい。

 

 

金曜日

各種手続きに奔走するもあまり進まなかった。

カフカの迷宮のようにぐるぐるした。

 

 

土曜日

安心院の佐田の郷へ「脱穀・藁こづみ体験」

行く途中ラジオで「石丸謙二郎の山カフェ」を聴きながら現地へ向かったが、

務め人時代はこれを土曜日にいつも聴いていたのを思い出した。

石丸謙二郎の声のトーンがいい。

 

 

ひさしぶりの農作業で疲れたが、気持ちがよかった。

土や風とともにあるということは、人間にとって本質的なことなのだと思うが、

今のわたしはそこから遠いところまでいる。

 

 

日曜日

なにか書きたいことがあったが、忘れてしまった。

 

 

東博でやっている国宝一挙展が九博に来てほしい。

それだけだ。