
1月の哲学カフェ大分をコンパルホールで開催しました。
今回のテーマは「自分磨き」。参加者のみなさんと考えていきました。
最初にアイスブレイクの質問として、「今年の目標」もしくは「新しく挑戦したいこと」があればどうぞということで聞いていきました。みなさんそれぞれのユニークな話が聞けました。
そして今回のテーマに関する問いを挙げてもらいました。
Q 私が今している書道や坐禅などの習いは「自分磨き」だと認識していないけど、なんでだろう?
Q 自分の何を磨くのか?
Q「他人磨き」とは言わないのはなぜか?
Q 自分磨きをしたいのに試金石を嫌うのはなぜ?
Q 自分無磨きをすると、他人と比べたり、評価を意識したりして精神的に不健康になる?
Q 自分磨きは強制か?自発的か?
Q 自分磨きの動機と実現は自己の外部に依存している?
Q 自分磨きとは、身につけること?削ぎ落とすこと?見つけること?
Q 自分を磨いて何を目指すの?
Q 磨けば本当にみんな輝くのか?
Q 今の自分に満足していないこと?
Q なぜ努力は意識高い系と揶揄されるようになったのか?
Q「磨かれる」「磨かれていない」とは、どのような状態か?
Q「自分を磨くべき」と思いコマされているkとおが多いのではないだろうか?
(その自分みがきは本当に必要だろうか?)

社会的な価値観に促されて行う自分磨きと内面的、 内発的動機に導かれた自分磨きに分かれるという意見もあれば、 そういう分け方はしていないという意見もあり、根底に「 自分とはなにか」という問いがないといけないといった意見も。
自分磨きという言葉からのアプローチとして、「コーティング」 していくのか?「削って」いくのか? という問いかけも興味深かったです。
ストイック、擦り減ること、丸くするのではなく尖らせること、修行、受動的、能動的、磨くのか(いつの間にか)磨かれるのか、数値化されるか否か、追い立てられている感、SNSとの関連、などなどいろんな角度から考えていきました。
特に結論めいたものは出しませんが、それぞれの背景にある人生観というか世界観がにじみ出たテーマでもありました。
「男磨き界隈」というパワーワードも出て、 とても楽しい時間を過ごせました。


最初にみなさんの「ことしの目標」や「新しく挑戦したいこと」 などを聞いたのですが、 12月に機会があったらどうだったか聞いてみたいですね。
ご参加ありがとうございました。
2025年も哲学カフェ、 哲学対話をたくさんの場所で開きたいと思います。 ご期待ください。(そして「うちでも開いて」 とお気軽にお声がけください
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