
▪️感情と対話
対話の中でごく稀にですが、感情があらわになることがあります。たとえば喜怒哀楽。嬉しくて楽しくてワクワクする。笑いが起こることもありますし、悲しかったり、何かを思い出されたりして涙が出ることもあるでしょう。そこは素直にがまんせずに自然に発露すればいいと思います。
ただ「怒り」(もしくは不機嫌)という感情は、集団的な対話、コミュニティの場において周囲の人にマイナスの影響を与えてしまいます。他の参加者の人は「気まずい」「不快」「気分が悪い」ーこの場を一刻も去りたいと思う人もいるでしょう。楽しいはずの対話の場が、、
ただ怒りにもいろんな種類があります。(これは哲学対話してみたい!)読書会なら作品そのものに対する怒りとか、社会に対する怒りとか。
ここで考えたいのは、自分の意見が通らない、通じないから怒る、不機嫌になるという事例についてです。
本人のアンガーマネジメントの問題もありますが、ファシリテーターとしてどうすべきだったのか。
この場面の「危機」を前向きに捉えるなら、怒りや不機嫌という表現方法の是非は別として、その人は率直であったとは言えます。つまり自分に対しては正直であったと。自分を包み隠さないことは対話においてとても大事なことですが、けっこうこれは難しい。たいていの人は自分を抑圧します。よく言えば社会的に自制しています。
わたしはファシリテーターとして、どうすればよかったのか。状況にもよりますが、今なら、こう問いかけることもできると思います。
ファシリテーター:いま、わたしから見るとAさんは不機嫌になっているように見えますが、それはどうしてでしょうか?可能なら説明して欲しいです。
Aさんがこの問いかけにその場で応えるか、応えられるかどうかはわかりませんが、それはもはや重要でないと考えます。(自分の意見が通らず、傷ついているという見方もできますが、これはまた別の機会に書きたい)
この問いかけの手前でむしゃくしゃしたまま対話が途絶えて、周囲も不快な気分のまま終わるよりは、継続的な対話をやめないための問いかけです。
対話の目的は対話をやめないこと。(会話の根本的ルールは、それを打ち切らないことである。リチャード・ローティ)
参考動画。「意見が合わない人とどう対話したらいいの?」『感情と対話』
以下につづきます。
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