
前回、対話における感情について、特に「怒り」や「不機嫌」について考えてみましたが、まだ考察が全然足りないと感じ、さらに深めていきたいと思います。
哲学対話の場では、意見の対立は当然のようにあります。むしろ他者との違いを知るためにも大歓迎です。考えたいのは、そこから生じる感情、怒りや不機嫌、不満の事です。
哲学対話というコミュニティの場(わたしは地域コミュニティとしてとらえています)においては、自分の湧き上がる感情と、他者の感情の両方に向き合う必要があると思います。
わたしはこれを書くまでは(前回まで)、負の感情というのは周りへの影響も考えて、なるべく出さない方がいい(それが大人な)のではないかと考えていましたが、対話の場で負の感情を剥き出しにされた方についてずっと考えているうちに少しずつ変わってきました。
むしろ、感情の露呈は正のものであれ負のものであれ、お互いをわかりあうためのチャンスなのではないかと。
ここは哲学対話以外のジャンルから知恵を借りてみます。
カウンセラーやソーシャルワーカー、介護士、保育士の方達が大切している(と思われる)バイスティックの7原則というものがあります。
①個別化の原則
②意図的な感情表現の原則
③統制された情緒関与の原則
④受容の原則
⑤非審判的態度の原則
⑥自己決定の原則
⑦秘密保持の原則
哲学対話は対人援助なのかという問いはありますが、わたしはどの原則も哲学対話の在り方として、マインドとして重要だと受け止めます。
ここで考えたいのが②の意図的な感情表現の原則です。これは哲学対話ではあまり論じられていないことです。別の言い方をすれば、自由な感情表現を認めるということです。前回でも書いたように、喜びの表現とか感極まって涙するというのは自然なこととしてあります(周囲も受け入れやすい)が、怒りといったものも許容するとなるとファシリテーターや他の参加者はどうすればいいのか?しかも「意図的な」とすらあります。
まず参加者の心構えとしては、感情を自由に表現していい場ですよということをあらかじめ主催者が伝えて、他者の怒りや不機嫌といったものを括弧に入れながら、許容してもらうということです。かなり高度なコミュニケーションの場になりますが。
ファシリテーターとしてすべきことは、意見の対立の論点、どうこがどうちがうのかを整理して言語化することでしょう。そして感情の根底に何があるのか、可能ならば聞いてみることでしょう。ちなみにNVC(Non Violent Communication)という対話法では、こういう場合には、その人が何を必要としているのか当人に表現させることが説いています。
そしてバイスティックの原則の③では「統制された情緒関与の原則」というものがセットであり、これは「相手の感情移入せずに、振り回されない」ことをポイントとして挙げています。
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