対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

ダイアログ・イン・サイレンス 静けさの中の対話

 

■ 2025.8.23
 
佐賀の県立ろう学校まで足を伸ばし、哲学対話の仲間たちと一緒にダイアローグ・ジャパン、佐賀県中外製薬株式会社、佐賀県立ろう学校共催の「ダイアログ・イン・サイレンス 静けさの中の対話」に参加しました。
 
最近、対話における沈黙の意味や静寂、古東哲明『沈黙を生きる哲学』を読みながらずっと考えていたこともあってか、衝撃と感動の体験となりました。
 
・真剣に聴く体験、真剣に聴かれる体験
哲学対話では「聴く」ことに重きが置かれ、わたしもファシリテーターとして「聴く」ことの探究をしているつもりですが、ダイアログ・イン・サイレンスほどの真剣さで「聴く」ことはなく、もちろん日常においても緩く聴いていることに気付かされました。それは同時に自分のなかの「聴きたい(伝わりたい)」「聴かれたい(伝えたい)」の体験、発見でもありました。
 
・障壁を乗り越えようとする行為
ヘッドセットをして無音の世界に入ったときに、アテンドしてくださる聴覚障がい者の方々と同じ世界に入りました。彼らの身振り手振り、表情には別々の立場にある者がわかり合おうとする(わかり合えないとしても)熱意があり、泣きそうになるほどでした。サイレンスでありながら、雄弁、騒々しいと言ってもいいくらいの世界を体験しました。
 
・わかることの時間差
言葉で伝えれば一瞬で、そして正確に行われることも、ジェスチャーによるものでは、伝わる時間や正確さにそれぞれ差異が現れて面白かった。そしてそれぞれの即興性、表現の運動神経のようなものが試された。演劇をされていた方はとても早く正確で上手でした。対話を重んずる平田オリザ氏が日本の学校に演劇教育をと主張されていたのを思い出しました。
 
・異なる世界が結ばれる体験
なんかワンコと猫が仲良くしている映像とかに感動してしてしまうのと同じなのかわかりませんが、海外の人とコミュニケーションが通じたときの感動でもいいのですが、「遠い存在」だった人が、何かをきっかけに近づく、同じ輪に入る感動がありました。
 
 
 
ダイアログ・イン・サイレンスの体験の意味を今後も問い続けたいと思います。はわたしの今後のファシリテーション人生にも大きな糧となるでしょう。主催の方、アテンドしていただいたみなさま、言葉が使えない中、不安にならず導いていただいて楽しく対話ができました。ありがとうございました。
 

 

 



Aさんの探してくれたミール珈屋凪のヒデシマライス(オムライス)も美味しかった。ボリュームがありすぎたけど佐賀駅周辺のオススメです。