
二日間かけてみんなで出した3つの愛に関する結論を仕事場の机にひそかに飾っている方もいらして嬉しいです。わたしもよくよく眺めています。
① 愛とは、自然とわきあがる愛おしいと思う感覚である。② 愛とは、社会・生活・リアルを通して大きくなったエゴ(欲望)によって、見失いがちなものである。 ③ 愛とは、社会・生活・リアルを通して愛されていることに気付いて受け取ることである。
終わってからの余韻も深くさまざまな思いが去来します。またトピックとしてあがったものの深く思索しきれずに、残った部分もあります。
たとえば、
・愛は空気や宇宙空間のようにどこにでも偏在しているものである
・愛は自然とあふれてくるものであるが、あふれないように人はフタをしている(また圧縮して変形、抑圧されている)
・自分のことを全部自分ですると愛がわかりますか?という問い
またマザーテレサと社会的不正義への「ゆるし」をどう捉えるかも対話の途中でした。
「ゆるし」はこれだけで哲学対話できそうです。
川上未映子氏が定義するような、有限性のなかで浮かび上がる「愛」もまた途中でした。
あい【愛】
すべての人生が、本当に、一度しかないことを理解すること
川上未映子
この有限性に関しては、結論で書いた「社会」に約束事として回収されるのではないのかと今では思います。魂を永遠なものとして考えるならば。
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・私の奇異なエピソードが詳細に検討すべきものとして選ばれたとき、これでいいのか不安もありましたが、今思うと、「理解不能な」経験というものがまさに異物としての「他者」として立ち上がったことでもあるので、ソクラティク・ダイアローグの材料として最良だったと思えるようになりました。他者をいかに理解するのか。共有不可能な経験であっても。
ソクラティク・ダイアローグの誕生は戦前のドイツにまで遡りますが、そこで理念とされたのは〈どんな個別的な経験にも普遍的な原理が見出される〉です。
・対話のなかで愛は共感なのかという問いに、一晩考えて
どれくらい真意が伝わるのか覚束なかったし、その
・ホームレスへの支援というのは、支援するというよりも、させていただくという感覚が圧倒的でした。それは共感や同情を超えています。
愛というものを「愛おしさ」として了解すれば、
今回のソクラティク・
「野の道の叫び聲は、今こそありありと聞かれる。魂が語るのか。
世界が語るのか。神が語るのか。 すべては同じ一つのものの中への断念を語っている。 だが断念は奪いはしない。断念は与えるのである。 断念は単純なるものの汲み尽くし難き力を与えるのである。」
『野の道』ハイデガー
次回の哲学対話も、ソクラティク・ダイアローグも楽しみにしています。みなさんにも意味パースペクティブの変容※が、訪れていることでしょう。ありがとうございました。
※
メジローの変容的学習理論に基づき、意味パースペクティブの変容は以下のようなプロセスで起こるとされています:
1. 前提の問い直し(Disorienting Dilemma):
身の周りの変化や新しい出来事、あるいはそれまでの考え方ではうまく機能しないと感じる状況に直面し、自分の持つ前提や信念が揺さぶられます。
2. 前提に気づき、吟味する(Critical Self-Reflection):
揺らいだ自身の前提や、その前提が形成された背景(源)や、それを持ち続けることによる結果を深く考え、評価します。
3. 新たな意味パースペクティブを獲得する(Perspective Transformation):
前提が妥当でないと認識されたり、より包括的な前提が提示されたりすることで、古い意味パースペクティブが覆され、新たな価値観や世界観を獲得し、自身の人生観や生き方が変化します。
