対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

【開催報告】哲学カフェ大分 3.14

 
3月の哲学カフェ大分を開催しました。
 
今回は「バウンダリー(自分と他者の心理的境界線)って何だろう?」をテーマに哲学対話しました。
 
最初に聞いたみなさんのテーマに対しての問いや疑問です。
 
Q 不快ではないバウンダリーの越え方とは?
Q バウンダリーを越えたくなるのはなぜ?
Q お互いに嫌な思いをせずに自分がゆずりたくないこと(線)をゆずらなければならない状況の打開策とは?
Q バウンダリーとは自分で自分を守るための意識?
Q 境界線と他者に頼る事の違いって??
Q 年齢が離れているとその分距離が近づきやすい?
Q マインドセットしなければバウンダリー越えをしたとは言えないか
Q 相手にとって不快ではない”グイグイ”とは?
Q 心のドアを開けたいときと閉めたいときの違いはどこから来るの?
 
相手によってバウンダリーの線引きが変わる。それは単なる好き嫌いの問題なのだろうか?ある友人とは温泉に行けるけど、別の友人とは行けない。逆に知っている人とは一緒に温泉入れないという方も。
 
勝手に引き出しを開ける人。海外のハグの文化は日本ではハードル高い。ためらいが起こる。文化文脈に依存する。フォークダンスでは手をつなぎやすいけど。。人との距離はお互いを大切にするためだが、乗り越えなければ関係性を深められないというのは本当か?踏み込まないと変容しない。親密になることの優越感。バウンダリーは窓の開け閉めの比喩。対話(言語)によるノック。バウンダリーを越えざるを得ない教員。自分を守るというのは、自分の何を守っているの?バウンダリーを越えたり越えられることwで失われるものがあるんじゃないか?自分の境界線が曖昧になるとき。
 
などなど時間が足りず大盛り上がりで、あっと言う間の2時間でした。みなさんにとってリアリティがありかつ切実だったからだと思います。まだまだ考えたいテーマでした。第二弾をいつか計画したいですね。
 
ご参加ありがとうございました。
 
次回は4月11日。テーマは「対等な関係は可能か?」について哲学対話します。お楽しみに♪