5:30.起床。二日目も宿坊に泊まるので、この日は丸一日高野山にいることができた。朝の6時より勤行が始まる。自由参加だがこれに参加しないと宿坊に泊まる意味もないと思っている。
朝の勤行…これが今回の旅で一番といっていい体験だった。撮影は禁止だったが朝の凛とした空気の本堂での勤行は異世界でそれ自体が瞑想的であった。
本堂のなかは昏く光といえば蝋燭の灯りくらいで、奥のご本尊が幽かに蝋燭の火に揺れながら見せる、三人による声明は音楽そのもの、揺蕩う線香の煙が有限性の時間から永遠へと一瞬を見せる、その香りもまた浄土のよう、司馬が空海は装飾を好むと言ったのはこういうことかもしれない、ここには演出がある、舞台装置がある。故人の名前が呼ばれ、享年、没年月日がつぎつぎと読まれていく。勤行のただなかでわたしは過去を想い、生成と消滅を繰り返し、洗い洗い流れ流されあらたに生まれ変わっていくようだった。
7:00.朝の勤行後の精進料理もまた清々しく、ひときわ美味。ひとつひとつを丁寧に味わう。勤行の感動が尾を引いているのか感に堪えない。写真は肉のような佃煮。
お世話になった部屋をきれいにして立つ。すばらしい宿坊だった。
半分以上が外国の人、それもフランス人だった。
8:00.本覚院を出て高野山の本通りを歩き、奥ノ院を目指す。
表通りには多くのお寺が立ち並ぶ。どれも格式や風格がある。
枝道にある寺は俗臭が消えると司馬氏は書いていたような。
8:20.奥ノ院口へ。一の橋。ついに来たかという感慨。
司馬遼太郎の文学碑。
参道を分け入っていく。杉杉杉墓墓墓。御廟まで2km続く。これ自体が巨大なセット、思索をいざなう舞台装置のようだ。
参道とは産道のことなのだろうかと考えた。なにかを遡行している感が強い。鳥の囀りがひときわ響く。歩いているのか歩かされているのかア。
9:30.御廟橋。ついに霊廟へ。ここからは撮影禁止。千年前の祈り。空海は今も生きている。
水行の神聖な場。
欲しかった高野山の御朱印帳。高野杉の香りが清々しい。弘法大師の系に恥じないようにかどの御朱印も見事な筆さばきだった。
10:20.2度目の朝食。。精進料理での空腹が我慢できなかった。俗に落ちる。
山らしい強い光線、五月の光。
行きたかった香のお店、高野山大師堂。白檀のお土産を買った。
三宝院の門に掲げられた家紋に興味をひかれた。二羽家と縁があるようだ。ウルトラクイズの〇×クイズを思った。
石楠花に酔って。
12:30.蛇腹路。
おお、ついに見えた根本大塔。
高野山には外国人の参拝者が多い。そのアウトドアスタイルがとにかくカッコよかった。
14:30.金剛峰寺に戻って阿字観瞑想を体験する。これは蟠龍庭。日本最大級の石庭。
15:40.今日泊まらせていただく宿坊の南院に到着。中心部から離れた静かな所にある。
高野山の茶菓子かと思いきや、檀家さんのお土産であろう山梨の桔梗屋の信玄餅だった。美味しい。
17:30.少し早めていただいた夕食の精進料理。いつもは早食いだけど、ひとつひとつ丁寧に噛んで食べる。胃に沁み渡る。
夜は恵光院でハタ・ヨガをした。高野山は日本で初めてのヨガ道場を開いた場でもある。朝の勤行に奥ノ院に瞑想にヨガにひたすら自分を見つめ直す一日だった。
夜の高野山。誰も歩いていない。音もない。
燈の色合いがどこも素晴らしかった。
ライトアップされた根本大塔もまた美し。しじまに大塔の鐘が鳴る。
高野山にスナック発見!
21:00.南院に戻る。と私のスリッパが玄関にきれいに揃えられていた。。感動。
この日は2万歩以上歩いていた。高野杉でつくられたお風呂は素晴らしかった。疲れが癒えた。明日は下山。名残惜しい。つづく。