対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

エッセー

朋遠方より来る有り亦楽しからずニャ

「朋遠方より来る有り亦楽しからずや」の意味は? 「遠くから友人が来てくれて一緒に酒を飲むことは何と楽しいことなのだろう」と解釈していたが、これは間違いで、孔子は、「学問をしてそれを自分のものとして、知識が豊かになれば、道を同じくする友人が遠…

自分の人生をどう生きたいかが民主主義

・ 勉強をしていなかったA君は隣の席の子の鉛筆がなぜ短いのか理解できなかったが、自分が勉強するようになって鉛筆が減るのを知ってなるほどと思ったという話をしてくれた。 ・ この前の哲学フェの参加者の声を本人の了解いただいて載せる。 自分は共感を大…

【開催報告】内省的哲学対話 5.11

……人生とは、あるいは生活史とは、要するにそれはそのつどの行為選択の連鎖である。そのつどその場所で私たちは、なんとかしてより良く生きようと、懸命になって選択を続ける。ひとつの行為は次の行為を生み、ひとつの選択は次の選択に結びついていく。こう…

【開催報告】内省的哲学対話 5.3

空を見てよかった 闇とも 光とも いえない もう 内とも 外とも わからない深さのなかに 結び付きを とりもどす 内藤 礼 パレーシア 率直に話すこと、じぶんを見せることは、じぶんへの関係、他者への関係、話すことを通して明らかにされることがらへの関係、…

坐る、坐らせていただく

ここ2日は連続して羯諦寺に朝通い、坐って、英語で他の海外の人たちと話し帰る。 坐るごとに上達していく。 坐るに上達もあるのか。 集中の度合いというのか、深まり方、スイッチの入り方。 いつもは窓を開け放ち外を向いていたが、今日の会では人と人で向き…

臨書・爨宝子碑(さんぽうしひ)

今日の風蘭さんの書道教室は、中国東晋代の義熙元年(405年)に建てられた地元豪族の墓碑銘「爨宝子碑(さんぽうしひ)」。今は中学校内に保存されているようです。 *** 隷書のような波磔などが見られますが、楷書のように正方形の字形で、隷書と楷書の中…

臨書:開通褒斜道刻石

風蘭さんの書道教室では直接「古隷」を臨書の題材として選ばなかったが、個人的に漢代の磨崖に刻され二千年の風化に耐えた「開通褒斜道刻石」に強く惹かれるものがあり、いろいろと調べたり、試みに自分でも半紙に書いてみたりした。線がとても難しくて面白…

門と非門

日出町の羯諦(ぎゃてい)寺※に赴く。10年位前から行きたいと思っていて今回遂に念願叶い、「ひじはく」というイベントの関連でお邪魔した。欲望はいつか辿り着く。 「ひじはく」大分県日出町ならではの「食・自然・歴史文化」を満喫するとっておきの時間に…

ききとりうるかぎりの

日出町の魚見桜と菜の花と雨 わかったな それが 納得したということだ 旗のようなもので あるかもしれぬ おしつめた息のようなもので あるかもしれぬ 旗のようなものであるとき 商人は風と 峻別されるだろう おしつめた 息のようなものであるときは ききとり…

声から声へ、肉声の文化を

前回の哲学カフェに参加された20代のAさんから感想をいただいたので、本人に了解を得てここでシェアします。 「テーマについてみんなで考えていくこと自体ももちろん楽しかったのですが、答えのないこと・思考を深めたところで利益につながるか分からないよ…

対話空間のオラリティ

ベルリンの壁が壊れたときも、とシュテファンがいった。 「ぼくはタクシーの運転手。夜、一人のお客さんを乗せて、東に入りました、東は入ったこともなくて。お客さんもぼくも。それで迷いました。明け方になってやっと見つかりました。その通りは、入ってい…

石鼓文の臨書から

何かを作ることは必ず、新たな、別の現実を生み出すことだと考えます。なぜならそこには、かつて存在しなかったものが生まれるからです。 『架空線』澤直哉(港の人) 今月の風蘭さんの書道教室は篆書の臨書。石に刻まれた文字、石鼓文を臨書する。線の質、…

立春吉日、藍のよろこび

立春の吉日の日に書家の風蘭さんのワークショップと書のライブを楽しむ。よろぷぷさんの演奏とジュン・チャンさんの舞いの中での風蘭さんのライブ書。 第一部のラピスラズリや藍の青い墨を用いたワークショップでは、形にとらわれない書、書以前の形態、筆と…

地の果て、世界の果て、言葉の涯

野草社という名前の出版社から出ている山尾三省の『火を焚きなさい』を読む。 いろりを焚く 山尾三省 家の中にいろりがあると いつのまにか いろりが家の中心になる いろりの火が燃えていると いつのまにか 家の中に無私の暖かさが広がり 自然の暖かさが広が…

2024 謹賀新年 書くことと世界の始まり(墨と万年筆とポメラ)

宋坑端渓硯で墨を擦って龍の字をたくさん書いた。墨おりがよく気持ちいい。年末に風蘭さんの書道教室で古典の臨書を始め、対話をし、賀状でもたくさんの墨字を書いた。それまで書くことにいささかの苦痛があったが、いまは楽しい。墨で書けなくても、パイロ…

カサヴェテスは決して空を見上げない

〈知識〉にとって最後の課題は、頂きを極め、その頂きに人々を誘って蒙をひらくことではない。頂きを極め、その頂きから世界を見おろすことでもない。頂きを極め、そのまま寂かに〈非知〉に向って着地することができればというのが、おおよそ、どんな種類の…

田中悠輝監督の映画「インディペンデント・リビング」の鑑賞と永井玲衣さんの哲学対話

哲学は誰のものでなくさせられてきたのか 私が哲学に出会って感動したのは、その優しさ、つまり哲学は何も馬鹿にしないというところです。 永井玲衣「現代思想 鷲田清一」 別府大学の長尾先生に招かれて、田中悠輝監督の映画「インディペンデント・リビング…

間が消えていくショート文化

日本史を一から学び直していて、歴史を学ぶということもまた、 個々の感性に大きく依存するというあたりまえの事実に驚かされる。 個々の感性のもようの違いにより、歴史は違った相貌を見せる、魅せてくれる。 歴史が分からなければ、今も分からない。 古代…

廃墟の、瓦礫の仏性

コンビニの無印コーナーにあった薄いグレーのペンをなんとなく買う。 このペンでスケジュール帳に予定を書き込むと、 なんというのか出来事性のインパクトが減って、とても心地がいい。 うっすらとその日の予定が見えるだけで、出来事の重さが消え軽くなる。…

『皆神山』という名前の詩集

いいところもあるんだけどな そんなことなんの自慢にもならない 「皆神山のこと」杉本真維子 OPAMでの朝倉文夫展 猫の流体に魅了された朝倉文夫 詩人の杉本真維子さんが詩集『皆神山』で萩原朔太郎賞を受賞した。 皆神山は神州いや、信州にある不思議なお椀…

夏の塩切れ

最近無気力がちで口内炎がよくできて何処かしらに不調を感じていた。二つの大きな哲学対話のファシリテーションで燃え尽きたのかとも考えていたのだが、循環農法の赤峰勝人さんが何度も口にする「塩切れ」という言葉を思い出して、自然塩を意識的に舐めたり…

さまざまな8・15

集英社のこの「コレクション 戦争×文学」のアンソロジーが好きで、 安価で手に入る機会を見つけては購入している。 母は美容師をしていて、仕事柄たくさんのお客さんと話をする。 そのなかには満州から命からがら引き揚げてきたお婆さんもいて、 引き揚げの…

望郷と海

陸から海へぬける風を 陸軟風とよぶとき それは約束であって もはや言葉ではない だが 樹をながれ 砂をわたるもののけはいが 汀に到って 憎悪の記憶をこえるなら もはや風とよんでも それはいいだろう 盗賊のみが処理する空間を 一団となってかけぬける しろ…

ギギギ・・

私は厠にいたため一命を拾った。八月六日の朝、私は八時頃床を離れた。前の晩二回も空襲警報が出、何事もなかったので、夜明前には服を全部脱いで、久し振りに寝間着に着替えて睡った。それで、起き出した時もパンツ一つであった。妹はこの姿をみると、朝寝…

振り袖は泣く

お母さん、彼らは詩を書くのです。パウル・ツェラン なぜ、事の初めにはいつも光があるのだろう。ドリゴ・エヴァンスの最初の記憶は、教会の礼拝堂にあふれる太陽の光だった。彼はそこに、母親と祖母といっしょにすわっていた。木造の教会。まばゆい光、彼は…

もし最も贅沢なことといえば、私は私の青春であなたを待っています。

在来工法の輝きは最初だけ 災害が起きると、みな声が弾む 宮崎駿 ポスターをフリースクールの壁に貼った。つねに問うてほしい言葉 もう十年以上も前のことになるが、安曇野で自然農を実践されている方の集まりに 参加したことがあった。 曇天で雨が降り出し…

この部屋ではかなしい気持ちになれない

二重の国で歌声が はじめてやさしく 永遠となる ——『オルフェウスへのソネット』リルケ 2023.7.14 いただいた葡萄とじゃがいもに見惚れて写真を撮る。 物質についてわたしはなにも知っていない。 いもの球体の向こう側、まわりこむ奥行きはどうなっているの…

経過する

コンコードの町へと続く線路端の斜面に、朝、霜が溶け出して現れる葉のような模様を擬した形態であると想像することは不当なのだろうか?さらにいえば、荘厳な黄昏時に赤い空の縁を流れてゆく雲の変幻自在な姿を彼の「日記」の文字がそのままに移しているの…

墓碑銘

わたしは混乱を墓碑銘とするだろう キング・クリムゾン 2023.6.10 ジュンク堂大分店が来月で閉店のニュースを合同新聞で知る。 以前のフォーラスから今の地に縮小移転して、なんとか踏ん張ってきたが、 限界が来たのかもしれない。 リアルがなくなるというこ…

ホワイトノイズ

復古を待望した一部の先覚者、先進的な地域を除き、号令と共に一斉に訪れるべき朝はいまだ来たらず、たとえば木曽路がそうであるように、草莽の夜はまだ続いていたということ、そしてこの時空の差異が物語るように、広く時代のもたらす一貫はあれ、維新の理…