対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

【開催報告】オン哲!5.3(オンライン哲学カフェ)「性について」

 

オンライン哲学カフェを開催しました。

 

オンラインでの対話も回を重ねるにつれ。Zoomの扱いなどには慣れるものの、

参加者との距離感や空気感の対面式との違いにまだ戸惑いはあります。

 

今回のテーマは「性について」。

女性5人男性5人の参加者で対話しました。

 

「性」といってもあつかう範囲が広いので、

参加者の皆様にそれぞれどんなトピックに関心があるか最初に聞きました。

 

・ラジオでの岡村さんの発言について。性産業のジェンダーギャップ

・セックスはなにをコミュニケーションしているの?

・性産業の後ろ暗さはどこからきている?

・なにが搾取されているの?

・性的消費は許される?性の商品化について

・セックスの繁殖以外の価値はあるのか?

愛する人とのセックスが幸せにつながる?

性教育とは?

・不倫は生物学的にみていけないことなのか?一夫多妻制など

・このコロナのなか、誰かと話をしたくて参加しました。

・萌え表現などの創作物における性の表現の善し悪しはどこで線引きできる?

 

 

このなかで比較的多かった、岡村さんの発言や性産業をめぐる男女の意識差など

について、みなさんと話し合うことにしました。

 

岡村さんの発言とは、

 

新型コロナウイルスの影響で風俗店にも行けない」というリスナーの投稿に「コロナが終息したら絶対おもしろいことあるんです。短期間ですけれども、美人さんがお嬢(風俗嬢)やります」と答えて大炎上した。

 

これを受けて、

性を売るということはどういうことなのか、なにが売買されているのか、

セーフティネットとしての性風俗や女性をモノとして見ることについて、

などなど抽象と具体を行き交いながら、出口のない問いを重ねました。

 

恥ずかしさがあるのか、自分の実存として性を語る人は少なく、

データや学問、誰々がこう語った、男はこう、女はこうといった語りが多かった

のが印象に残りました。このテーマは続けることで、

その先を語ることができるようになると思います。

 

 

ご参加ありがとうございました。

会の後、参加者の方からご意見をメールでいただきました。

性について語ることの難しさや対話における陥穽をついていたので、

ご本人の許可を得てここに掲載します。

 

 

 

***

相手の意見を自分と異なる一意見ととらえるのがいつもより難しく、考え方が違う場合に「そうじゃないでしょう!」と言いたくなってしまいました。。。自分も相手もただの一人の個人で、男性代表がしゃべっているわけではないし自分も女性代表にはなれないのに、世の中の男性の偏った見方を女性たる己が指摘しなければ!みたいに感じてしまいました。
普段の哲学カフェでは、全員の意見が多種多様であることが前提になっていて、「私個人はこう考える」がベースだけど、昨日はどこか「女(男)である私はわかってるけど女(男)ってこう考えるんです」「女(男)である私にはわからないけど男(女)ってどう考えるんでしょう?」みたいな、個人としてではなくその性別属性の人間としての考えを問われ、語ったような気がしています。
 
昨夜の「痴漢や性的同意なしのセックスは一部の不心得な男がやっていることで、善良な一般男性にはあまり関係ない」という論調は、私には容認できないものでした。「不心得な男性」以外の市民全体が、痴漢やレイプを嫌悪し攻撃するのが当然の社会であれば、性犯罪はきっともっとずっと減る。「よくないことだと思うし僕はしないよ?」というぼんやりした感覚は現在実際に起きている性犯罪を容認することと感じました。
 
以前職場内痴漢の話をしましたが、私があの時泣き寝入りを選ばずにすんだのは相手が男女問わず職場内で嫌われている人だったからです。多くの人はこの男を擁護せずに激しく非難するだろう、私を疑ったり攻撃する人はあまりいないだろう、そんな確信がありました。もし犯人が周囲と仲良くやっている人だったら、きっと言えなかったと思います。被害者が声をあげる前に、冤罪じゃあとかその程度でとか言われて攻撃されないだろうかと検討しなければならない社会を作り、結果的に加害に加担しているのは、性犯罪の存在をうっすら容認し、自分はしないからと容認していることを正当化している、自称善良な一般市民だと思っています。
 
昨日はそういった、発言を「容認できない」「そうじゃない」と感じてしまうことがたくさんありました。
意見を個人の一意見としてとらえられなかった。
Aさんが人種と同様に性も多種多様だとおっしゃっていたように、一人ひとりが異なっていて、女性は一人残らずこうとか男性は誰もがこうとかそんなことは誰も言えないはずなのに、どこか「女たちの意見」「男たちの意見」としてとらえてしまっていました。
 
難しいです。
考えるほどにわからなくなるのでいったん送ります。
 

***

 

私の返信

 

Aさん

今回のメールも非常に勉強になります。対話における陥穽といいますか、自分がどの位置から語っているのかという視点は常に重要です。
 
僕がオウムや植松死刑囚のことを異常者だとして線引きして自分とは違うと脇にどけて安全地帯に立つ人に危険性や苛立ちを感じるように、Aさんも性を語る人の、その語り方立ち位置に敏感だと思います。
きのうはそういった安全地帯から語る発言もあり、僕自身もそうであったかと思いうかつでした。
 
語りを対象化してしまって距離をとられることへの危うさを感じ、そういったスタンスそのものを問うようなメタな問いかけを今後はしていく必要があると思っています。
 
 
男性一般、女性一般の立ち位置に頼ってしまったのは、性を個人的に語ることの難しさがあったのだと思います。ぼくはジェンダーとかではなく、もっとエロというか、肉慾的なところの性を語りたかったのですが、そういう流れにはならなかったですね。。
 

 

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オンライン2次会のようす(日付が変わるまで話した)

 

【開催報告】悩める教師たちのオンライン読書会 5.2

 

 

GW中は、なかなか外に出られないこともあり、

いくつかのオンライン対話の企画を実施してみました。

 

5月2日は「悩める教師たちのオンライン読書会」と称して、

『学校は、何をするところか?』苫野一徳×菊池省三(中村堂)

を事前に読んでいただき(読まなくても可)それについて対話する会を開催しました。

 

参加者は全員で14人。教育関係の方が9名でそれ以外の方が5名。

女性が8名、男性が6名でした。

 

この本を頭から順に読みつつ対話を深めていこうと思っていたのですが、

第1章第1節にある苫野さんの「民主主義において必要なのは『道徳教育』ではなく

『市民教育』である」のところで2時間まるまると費やしました。

今回ですべて読み切るつもりはなかったので、これはこれでよかったと思いました。

 

と開催報告をまとめているところで、AさんBさんからご意見メールをいただきました。

 

 

************
 
Aさん
・次回はもう少しはっきりテーマをしぼったほうがいいのでは?
やっぱり教育関係者が集まるとどうしても少し話が堅くなっちゃう気がするんですが。むしろそれがいいのかな。
 ・理念だけが飛び交うのではなくて、そういう理念の源泉みたいなものを語り合えたらなと思うんです。あなたの教育の理念、目標は?それはどのような経験から?とか。
 
Bさん
・私ももう少しテーマ等絞るとよりいいのかなぁと感じました。
・理念の源泉。なるほどー。教育を語る時、そこが一番先に来るといいですよね。
・あと、Aさんの言われる、『話が堅くなる』って具体的にどんな感じか知りたいです!
・昨日、二次会のさわりだけ見ていたのですが…二次会楽しそうでしたー。今まであまり発言されてなかった方がどっと話されていて、難しい話ではなく本音が聞ける感じ。次回はぜひ参加したい!
・(参加者Dさんの運営されている)オルタナティブスクール、訪問してみたいです。そして、参加者の元苫野ゼミの方を通して苫野先生ともお話ししてみたいねと。
・個人的に昨日は、道徳教育の話ができて、大満足です。参加者Fさんが言われていたことがそうだなぁと思っていて、昨日の対話では現在の道徳教育の中身がきちんと吟味されないまま、市民教育の方にすぐうつってしまったので、もったいなかったかなぁと。
・その人にとってビビってくる意見って、本当に人によって違うなと思うんです。それが、私にとっては、Fさんの指摘でした。このことに気がついた時に、心の底から、発言の優劣っていうのはないと思えるんです。それに気づかせてもらえたのは、Cさん(ファシリテーターの哲学カフェに参加させていただいたからです。Cさん、ありがとうございます
 
**************
 
報告ブログなんですが、ファシリテーターとしての個人的な感想というよりも、全体をなるべく客観的に概観して参加者が参加してよかった、意味があったと思えるような感じのまとめ方はどうでしょうか?
 
例えば、
★各個人から出てきた理念
 
★異なる理念が交わされることの重要さ
 
★教育について自分なりの考えを持ち、それを言葉にする方々の存在の貴重さ
 
などについて触れていただけると、継続参加へのモチベーションになるのではないかと思います。
 
    ご一考いただければ😊

 

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開催報告に関してなかなかのミッションを与えられたのですが、、ひとまず残されたメモをもとに書いてみたいと思います。

 

今回は「教育」といっても、小中の先生、大学の先生、先生をやめてオルタナティブ・スクールを運営されている方、また教育委員会、社会教育に携わっている方、苫野ゼミの卒業生の方、また先生ではないものの今回のテーマに関心がある方といろんな方に集まっていただきました。

 

 

最初に自己紹介とともに、本を読んだ感想や関心のあることを聞いてみました。

 

・教育について考える事と哲学カフェや対話について考える事は似ている。親和性がある。

・学校は授業の時間がすべてではないのに、この本では授業内の話しか書かれていない

・学校を辞めてデモクラティック・スクールを開設した。アドラーの心理学などとりいれてながら新しい学びの形を模索している。非常勤として学校には関わっている。この本に書かれてあることと考えは近い。

・公教育における相互承認とは。菊池先生と苫野先生の微妙な違いが興味深い。スピードの菊池先生とじっくりの苫野先生みたいな。

・現場で道徳教育の押しつけに違和感がある。

・学校での上下関係、一方向的な決定に不満がある

・いまコロナの影響で苦闘されている先生方の悩みなどを聞きたい

・現場に余裕がない。立ち止まって考えたい。道徳教育の是非について

・コロナをきっかけとして教育の本質に立ち戻れるいい機会なのでは

・同質性を求める日本の学校教育に限界を感じている

・2年後に子どもが小学校に入るので、いろんな先生方の話を聞いてみたい

・そもそも論をやりたい。道徳教育について考えたい

 

 

対話は続いてこの本の第1章第1節の

 

民主主義において必要なのは『道徳教育』ではなく『市民教育』である

苫野一徳

 

をめぐってなされました。

 

 

家族を大切にしましょう、挨拶をしましょうといったことについて、

それが大切なことであることは理解しつつも、

この哲学対話のように正解はひとつではないわけだし、

子どもにそれを押しつけたり、刷り込んだりすることに抵抗があるというのが、

ひとつ大枠として何人かから出された意見でした。

 

それに対して、たとえばルールなどを決めていく場合は、

生徒とともに対等に決めていく、それが当事者意識を持たせることにつながる

といった、押しつけでないやり方を実践されている先生の話がありうんうんそうだ

と納得しつつも、

 

またそれとは違う観点から、

否定的に語られる道徳教育であるが、

子どもになにもかも決めてもらうのは酷ではないのか、

大人がある程度道筋をつくってやることも大事なのではないのかという

反論がなされ、これにも確かにそうだなあとなりました。

 

その後北欧の学校教育の話や(スウェーデンは休校していないらしい)

麹町中学校や地域みんなで幸せになるという社会教育の話、

より良い社会とはなにか、その最終目標が共有できてるのだろうか?

という問いもなされ、

 

このあたりで時間切れとなりました。

 

終わって二次会では、こういう教員やその他の方々とフラットに語れる場が

あることに感動したとの声をいただいて、

主催者としてはずいぶん勇気づけられたところでした。

 

 

ひとまずレポートはこんなところで。

ご参加いただいたみなさまありがとうございました。

この会はシリーズ化していきたいと思っていますので、また次回ご期待ください。

 

 

 

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オンライン2次会のようす

 

【開催報告】別府鉄輪朝読書ノ会 4.26 『ペスト』アルベール・カミュ

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だれもいない無人の読書会を夢想する。

 

今回は三密を避けるかたちで、三人でカミュの『ペスト』を読んだ。

 

本はどこにもいかない。読まれることを待っている。

 

むすびのさん提供の軽食は世界最小のパスタというクスクスでした。

 

ご参加ありがとうございました。

 

次回も情勢を鑑みつつ、『三つ編み』レティシア・コロンバニを

 

読んでいきたいと思います。

 

 

 

【開催案内】オン哲!5.3(オンライン哲学カフェ)

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テーマは「性」について、オンライン(Zoom)を使って、

哲学カフェを開催します。

 

 

〈テーマ〉
「性について」  
性といっても広いので、みなさんの話したいトピックを持ち寄りたいと思います。そのなかで、いくつか選んで深堀りしたいと思います。例えば、、体の相性って何?セックスと友情の両立は難しい?愛のあるセックスって?経験人数が多いのはいけないこと?セックスレスとは?アブノーマルとノーマルの違いは?などなどなどなど。
 
 
 
 ◆「オン哲! 5.3 」  
性についてはなんだか話しづらい。でもオンラインなら話せる??性愛はなにをコミュニケーションしているの?とか性的同意とは?など、みなさんの話したいトピックで対話したいと思います。もし参加申込者が多い場合は、翌日に分けて開催する予定です。
 
○テーマ:性について
○日 時:5月3日(日)19:30-22:00 
○場 所:各自パソコン(カメラ・マイク付属もしくは内蔵)の前へ(原則デスクトップかノートブックパソコンにて参加してください。)  ※ ipadスマホでの参加は構いませんが、全員の顔が同時に見れないので不自由さがあるかと思います。 
○方 法:有償版のZoomを使用します。
○参加費:300円*paypayにてお支払いください
 
○定 員:約15名程度(要事前申し込み、先着順)
○備 考:開催前日までにお申込みください。

 

お申し込み、お問い合わせはホームページより。

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哲学カフェ大分 - 対話と人と読書(哲学カフェ大分)

【開催案内】悩める教師たちのオンライン読書会 5.2

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こんにちは。「対話と人と読書」を主催していますシミズです。
いかがお過ごしですか?
 
 
さて定期的に集まって対話の場をつくっていた哲学カフェ大分ですが、コロナウィルスの影響で場所を借りるのも難しくなっています。ただ今は禍転じて…この状況を一つのチャンスと捉え、Zoomを使ったオンラインでの様々な企画を考えています。
 
 
 
 
***
哲学カフェ大分によく参加されているFさんは学校の先生なのですが、現状の学校のありかたに様々な疑問をもつものの周囲にそれを理解してくれる人は少なく、職場では変わり者として浮いてしまっているようです。ほかの学校でもそういうふうに疑問をもちながら悩んでいる先生がいるのではないか、そんな先生たちと話しがしたいという声を本人から聞きました。
 
読書会というスタイルをとりながら、ゆるくオンラインで集まって、意見交換なり愚痴なり悩みごと、困りごと、理想を共有できる場をつくろうと思い今回の企画を考えました。1回限りではなく、シリーズ的に継続して開催する予定です。周囲に悩める教師の方がいましたら、こういうオンラインの会があるよーと薦めてくれたら嬉しいです。
 
 
会の概要は以下になります。
 
 
  ◆「悩める教師たちのオンライン読書会 5.2 」  
 
○テーマ:『学校は、何をするところか』 苫野一徳(中村堂)を読んで
※読まなくても可とします。概要をお送りします。
○日 時:5月2日(土)19:30-22:00 
○場 所:各自パソコン(カメラ・マイク付属もしくは内蔵)の前へ(原則デスクトップかノートブックパソコンにて参加してください。)  ipadスマホでの参加は構いませんが、全員の顔が同時に見れないので不自由さがあるかと思います。
○方 法:有償版のZoomを使用します。
○参加費:300円*paypay等でお支払いください
 
○定 員:約15名程度(要事前申し込み、先着順)
○備 考:開催前日までにお申込みください。
 
 
参加希望の方はホームページよりお申込みください。
*テーマに関心があれば教職の方でなくても構いません。
 

【開催報告】オン哲!4.18(オンライン哲学カフェ)

 

 

オン哲!4.18(オンライン哲学カフェ)を初めて開催しました。

 

「コロナウィルスは世界をどう変えていく?」をテーマに

 

みなさんと対話をしました。

 

 

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当日のZoom画面より

 

 

20名を超える参加者のなかで、テーマが扱う範囲も広く、

タイムスケジュールの管理もうまくできなかったので、

反省点として次回に活かしたいと思います。

 

 

個人的にはとても楽しかったです。

特に本編が終わってからの2次会が楽しかったというか、

(お酒を飲みながらというのもあったのですが)

充実度が高かったので、それがなんなのかも考えたいと思います。

(論文的な本編? 散文や詩、エッセイのような2次会?)

挙手制は残しつつも、きっちりしない方がいいのかも。

途中で眠ってもいいし、今日別の所で参加したオンライン意見交換会では、

ご飯を食べている方やベッドにごろんとしている方もいて、

なんかいいなあと思いました。

 

 

以下オンラインとオフライン(対面式)の違いについて

ファシリテーター目線から気付いたことを書き記します。

他の哲学カフェの主催者の方に参考になればと思います。

(たぶん今後オンラインに慣れていくにつれ、この違いの鮮明な感覚は

色褪せていくように思います)

 

 

参加者のみなさんの遠さと近さ

声は近いけど、身体(雰囲気も含めて)は遠いのが変な感じ。

みなさんの家、部屋(生活)の一部が垣間見えて近しさ親しさを感じる。

感情の機微が読み取りづらい。勝手に想像してしまう。

 

初対面の方との緊張感が薄いような気がする

 

挙手制を守ってもらえれば、対話に大きな支障はない

 

・Zoomというツールによる、聴きづらさ話しづらさとかは特になかった。

通信によるタイムラグも特に感じない。

 

場の一体感が得にくい?(笑いにくい、いや笑いが伝播しにくいとか)

しかし、そもそも哲学カフェにおける場の一体感とは。

二次会では哲学カフェは協働作業という言葉が出ました。

 

深掘りしにくい?

参加人数や選んだテーマ、進行の仕方などにもよるかと思います。

今後の課題。

 

・対話における身体性、肉声とは。沈黙はどう表現されている?

 

・フラットな関係が実現しやすい

 

・オンラインにおける居心地の良さ、空気はある?

 

・女性が参加しにくい?

対面式の時よりも女性の参加者が少なかったです。

パソコンが苦手ということもあったかもしれませんし、

テーマにもよるのかもしれません。

カメラに写るのが苦手という方もいるでしょう。

自分が話しているのを見るというのはたしかに最初違和感がありました。

 

・パソコン・ネット環境がない人が参加できない問題

今回常連の方で参加したかったけど、パソコンがないので

参加できなかったという声があり辛かった。

また不安定なネット環境のため途中離脱の方がいた。

 

・リラックスしすぎることの良し悪し

 

・機動性の良さ

思い立ったらすぐできる。

 

・距離の制限を超えていろんな地域、国の人との交流ができる楽しさ

それまでの対面式とは違った層とのつながりが生まれます。

 

・地域性の喪失?

地域性というよりも、その会が持っていた固有の雰囲気が消えて一律になる?

 

・コロナが終息しても、オンラインを続けるかどうか?

続けるとしたらその理由。

 

 

オンラインは主催者側からすればとてもラクでした。

いつもはスケジュールを決めて、会場を事前におさえ、お金を払い、

当日は大分市の中心部まで車で行き、重い荷物をもって会場をセッティングする。

でもおそらくその過程の中で、哲学カフェモードになっているのかなと思います。

日常と非日常の境をゆっくりまたぐ。

 

哲学カフェは非日常だと思うので、それが日常のなかに入ると、、

生活のなかの哲学カフェの誕生?

 

 

 

 

***

そもそも哲学カフェになにを求めるのか…

参加者と主催者とのマッチング、ミスマッチングについて。

哲学対話とは…なんだろう

オンラインを経験して、改めて明瞭な問いとして浮き上がってきた。

 

次回のオンラインのテーマにしようかと思います。

またよろしければご参加ください。

 

 

 

 

【開催案内】オン哲!4.18(オンライン哲学カフェ)

 

 

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ZOOMによるオンライン哲学カフェを開催します

 

  

 
 
 
こんにちは。「対話と人と読書」を主催していますシミズです。コロナウィルスの影響で大分でもイベントへの不参加要請や外出の自粛要請、マスク2枚など収束の気配もなく、春なのに気持ちがなかなか開放的になれず悶々としていますが、みなさんはどうお過ごしでしょうか?
 
本来哲学カフェは対面でもってリアルに向き合って対話していくのがいいと思っていますが、この外出自粛要請の機会を利用してオンラインでの哲学カフェも実験的に体験してみたいと思い企画しました。初めての試みなのでスマートな運営はできないかもしれませんがトライしてみて、単なる代替手段としてではないオンラインならでは可能性も探ってみたいと思います。
 
 
 
◆「オン哲! 4.18 」
 
終わりの見えない新型コロナウィルスの猛威は、政治や経済、わたしたちの働き方、考え方、生き方までも今後大きく変更を迫るものになるのではないのでしょうか。コロナウィルスは私たちの世界をどう変えていくのか、また変わらないのか。堅い話からみなさんのコロナ疲れの解消法までまったり話して聴いて、なんらか希望を見出していけるといいなと思っています。オンライン会議アプリのZoomを使用してみなさんと問い考えていきます。聴くだけの参加でもOKです。気軽にご参加ください。
 
 
 
○テーマ:「コロナウィルスは私たちの世界をどう変える?」 
○日 時:4月18日(土)19:30-22:00 
 
○ざっくりとしたタイムスケジュール:
19:15 ~ 19:30 開場・チェックイン
19:30 ~ 19:45 会のルール説明、自己紹介等
19:45 ~ 20:30 対話①
20:30 ~ 20:40 休憩
20:40 ~ 21:30 対話②
21:30 ~ 22:00    チェックアウト→ クールダウン、会の感想等フリートーク
22:00   完全終了
 
    
○場 所:各自パソコン(カメラ・マイク付属もしくは内蔵)の前へ(原則デスクトップかノートブックパソコン、ipad等にて参加してください。スマホでの参加は今回はなしでお願いします)
○方 法:Zoomを使用する*私自身Zoomに詳しいわけではありませんがやってみます。
○参加費:¥300円(運営費)*支払い方法はpaypayにてお願いします。
○定 員:約20名程度(要事前申し込み、先着順)
○備 考:開催前日までにお申込みください。
 
 
参加希望の方は以下のホームページよりお申し込みください。