対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

【開催報告】悩める教師のためのオンライン読書会 11.21

f:id:kannawadokusho:20201122202617j:plain

オンライン画面の様子



3回目の「悩める教師ためのオンライン読書会」を開催しました。教育関係者の方も保護者の方も集まって、テーマについて対話をしました。  

今回対象としたのは本ではなく、あるブログの記事でした。

○テーマ:「教育に何を期待しますか?教育がビジネスでないとすれば…」内田樹氏のブログを読んで考える

内田樹氏のブログ:教育についてのいつもと同じ話
 
内田樹氏プロフィール(Amazonより)
1950(昭和25)年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。現在、神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。専門はフランス現代思想。ブログ「内田樹の研究室」を拠点に武道(合気道六段)、ユダヤ、教育、アメリカ、中国、メディアなど幅広いテーマを縦横無尽に論じて多くの読者を得ている。  
 
 
ファシリテーターのコメント
「学校教育に何を期待していますか?教師や生徒、保護者、地域の方々、OB、学者、政治家…立場によってそれぞれ違うのかもしれません。今回参照する内田氏のブログでは市場原理化される教育について警鐘を鳴らしています。学校は企業家を養成する場所ではないし、市場原理によって淘汰されるものでもない…とすれば、教育に何を期待するのでしょうか。みなさんと一緒に考えたいと思います。」
 
 
***
実際に現場の先生方は、自分のこうしたいという理念と、現実に受験に向き合う生徒や保護者の方の希望とのギャップに悩んでいるケースが多く、(またそもそも悩みもしない、考えもしない先生たちが大半)受験制度というものが、教育の本質を歪めているという意見が多く聞かれました。40人制のクラスではそれぞれの「個」を見ることができないという話しや高校まで義務教育化すべきという話しも出ました。
 
親としては子どもに幸せな人生を送って欲しいという願い。しかしそもそも、その「幸せ」のかたちがみんな違うなかで、個性をとるのか集団(共同体)をとるのか、そこの板挟みに遭う。
 
デモクラティック・スクールではまず自分が幸せになることをとく。そのうえでしか人を助けられないから。自分を知る機会をつくる。評価をつけないこと。(学校は評価しないといけのが前提となっている)
 
日本には教育研修はなくなった。教育原理も真剣に学ばない。勘と経験と度胸でやっている。生徒には色をつけず、真っ白な状態で卒業させる。
 
思い悩む先生たちこそ、幸せにというやさしい言葉があった。今の先生はいい意味でわがままであっていい。犠牲になる必要はない。
 
高校では発達障害の問題などに対応できていない。貧困層における機会の喪失など、教育に福祉の視点がない。またブラジルやフィリピンのこどもたちに対する教育など、多様性が求められている。
 
 
***
対話内容を簡単にはまとめられない2時間で、とくに結論もありませんが、普段じっくり腰を据えて考えないようなことを、みなさんと一緒に考えていきました。ご参加ありがとうございました。この「悩める教師」シリーズは今後とも開催していく予定です。よろしくお願いいたします。
 
 
 
 
 
 

 

【開催報告】第五十五回 別府鉄輪朝読書ノ会 11.22 『過ぎ行く人たち』高橋たか子

 

 

 

他の人々の夢だったものを、どういうわけか私が背負って、ここまで何十年も来たらしい。そうかどうか?だから、思い出す。思い出してきた。言うに言われぬ懐かしさをもって。その人を。

 

『過ぎ行く人たち』高橋たか子(女子パウロ会)

 

 

 

十一月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。

今回はみなさんと『過ぎ行く人たち』高橋たか子(女子パウロ会)を

読んでいきました。

 

初めて扱う出版社で、他の読書会では採りあげないような、

多くは読まれていない作品だと思いますが、

みなさんそれぞれに感じるものがあったようで、

特にタイトルになっている「過ぎ行く人たち」というフレーズがこだまして、

考え推測する場面が多かったのが印象的でした。

 

ある参加者の方の「満ち足りた思いがした」という感想にもあったように、

私も作者とは宗教観などの違いがありつつも、

読むと精神が鎮まるような、その文体にある静寂さに深く惹かれました。

あくまで自然光で撮られた写真のように加工されていない生のままの文章がもつ、

清潔さを感じているのかも知れません。

 

 

 

f:id:kannawadokusho:20201018223145j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122191152j:plain

紙の肌さわりもよく、マージンを充分にとったページレイアウトも静けさに貢献している。装幀・レイアウトは菊地信義

 

f:id:kannawadokusho:20201122173840j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122174103j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122174927j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122175120j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122175206j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122175251j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122175403j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122175459j:plain

f:id:kannawadokusho:20201122175603j:plain

 

ご参加ありがとうございました。

修道院に出てくる食事を考えられたむすびの河野さんにも感謝です。

たいへん美味しかったです。

 

(参照リンク)

 
〇グリークのピアノ協奏曲
 
〇聖ジェルマン・デ・プレ教会
 
〇ソレム
 
〇修道会
 
〇訪れてみたい巡礼の経由地コンクの村
 
〇聖地ルルド
 
パッヘルベルのカノン
 
〇サン・ジャック・ド・コンポステル巡礼路

 

 

十二月今年最後の別府鉄輪朝読書ノ会は、

川上未映子さんの『すべて真夜中の恋人たち』(講談社文庫)を

読んでいきます。

 

【開催案内】第五十六回 別府鉄輪朝読書ノ会 12.20

 

 

 

 

そうですね、三束さん。なんでもないのに、涙が出るほど、きれいです。

 

『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子講談社文庫)

 

 

 

 

 

f:id:kannawadokusho:20201115200021j:plain

 

 

 

十二月、今年最後の別府鉄輪朝読書ノ会の案内です。

十二月の人恋しい季節に、思い切りの恋愛小説を読んでいきます。

 

 

内容紹介 (Amazonより)
「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う」。わたしは、人と言葉を交わしたりすることにさえ自信がもてない。誰もいない部屋で校正の仕事をする、そんな日々のなかで三束さんに出会った―。究極の恋愛は、心迷うすべての人にかけがえのない光を教えてくれる。  


○課題図書:『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子講談社文庫)
○日 時:12月20日(日)10:00-12:00
○場 所:別府市鉄輪ここちカフェむすびの
ファシリテーター:シミズ
○参加費:¥1,200円(運営費、むすびのさん特製の軽食、ドリンク代含む)
○定 員:10名程度(要事前申し込み、先着順)
○備 考:課題本を事前に読んで参加してください。
      12/17木までにホームページからお申込みください。  

 

 

 

kannawanoasa.jimdofree.com

北海道、網走・知床・十勝への旅 4日目最終日

f:id:kannawadokusho:20201103161701j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162104j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162135j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162216j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162253j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162341j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162411j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162501j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162532j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103162830j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164020j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164101j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164257j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164335j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164411j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164559j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164731j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103164818j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165028j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165102j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165235j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165326j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165510j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165546j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165622j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165700j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165745j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165819j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103165939j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103170007j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103170039j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103170131j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103170215j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103170249j:plain

f:id:kannawadokusho:20201103170420j:plain

 

 

風景はひとがいてこそ全うされるような、それが人文学の営みだと考えた。

 

北海道の開拓団で思い出すのは、京都山科にある一燈園の創始西田天香氏のことだ。

西田氏のことは小島信夫の小説『十字街頭』で知った。

西田氏を題材としているが、小島信夫の小説になっている。当たり前だが。

西田天香は二十歳の頃北海道空知郡に入植し、事業を手がけるも

さまざまな軋轢のなかで挫折。失意のうちに帰郷する。

 

小島信夫の小説『十字街頭』の冒頭を書き写してみる。

 

 

 

 皆の衆、わしは明朝五時ひとりで托鉢に出かけて行くが、二度とここへは帰ってこんつもりや。握飯一つもたず、草鞋ばきで杖一つだけを頼りに出かけるのやが、普通なら皆の衆、ここに残っている老若男女、残留三百人が大晦日の朝あの橋のこっち側に整列してわしを拝んでそれから歌をうたうなかをわしの姿がずーと椎茸を栽培しとるあの畑をまがって、このごろ出来たばっかしの高速道路のかげにかくれるまで、見送ってくれるのやが、今度という今度は、わしは送ってもらわず、何でもない日に出かけ、もう帰ってこんつもりなんや。今度は、わしが帰ってくるか、帰ってこんか、皆の衆は考えることもないわ。これは面白いぞ。いや、そういうてはいかん。

 わしは皆の衆も知っとるように、六十年前二十の時に、同志二百人と北海道へわたって開拓村を作って、七年目には、どうやらこうやら、みんなが食って行けるメドがついたさい、そして忽ち、鬼になってしまったさい、わしはあとはみんなにまかして、わしひとり着のみ着のままで、郷里の近くへ帰ってきて、それからどうやって慾心をつのらせずにやって行けるか、人と人とが睨み合わずに生きて行けるか思いなやんで、ずーと三日三晩川の水だけ飲んでとうとう寺の縁の下で動けんようになって倒れとったところが、赤子の泣声をきいた。腹のへった赤子の声やと思っとるうちに、赤子の泣声がだんだん小そうなって、それからはホロホロとじゃれつくような声に変ったんや。捨子の赤子がオッパイをのんでおるところやった。わしはそこで、ああこれや、わしも赤子になって泣こうと、こう思い、それから、一軒一軒赤子のように無心に声をあげて泣くことにしたら、飯にありつき、お礼の意味で便所の掃除をさせてもらったら、食べさせてくれた。

 

現代日本の文学44 小島信夫集(学研)『十字街頭』より

 

 

 

北海道はひろいものだから、東から西へ向かうと季節が逆行して、

初冬から晩秋の景色へと変わっていった。

燃えるような紅葉、赤に溺れて、みんな写真を撮った。

 

朝ホテルから起きて、散歩しようとホールにいた経理のKさんと

庭に住んでいるという蝦夷シマリスを探したが、一匹もいなかった。

ヒグマといい、キタキツネといいナキウサギといい動物には縁がない旅だった。

 

ちなみにツアー中のコロナの管理についてはマスク着用はもちろんのこと、

殺菌処理や毎日の検温、バス内での飲食禁止など厳重に行われていた。

大分に戻って数週間して北海道内でコロナ感染が増えるようになり、

ツアー時期が遅れていたら中止になっていただろうと思うと、

ぎりぎりのタイミングであった。

 

 

 

 

 皆の衆、わしはずーと大晦日の早朝にここを出てひとり托鉢行に出かけることにしとった。わしらはちりぢりばらばらに行に出かけるとき、いのこるものは、あの日月橋のたもとで行くものを送り拝み、行く者は合掌しながら、下駄ばきで出かける。九州へ行に汽車で行こうが、北海道へ行こうが、そうするのやな。わしが夜明けにひとり旅立つときも、怠けて眠っとるものもいないとは限らんが、たいがいの衆はわしを送ってくれていた。そのとき、わしはいう。皆の衆、それでは。わしは帰るかもしれんし、帰らぬかもしれん。もともとここはただの門や。行をする家、歩く道が、わしらの世界や。

 

現代日本の文学44 小島信夫集(学研)『十字街頭』より

 

 

 

 

 

北海道、網走・知床・十勝への旅 3日目

f:id:kannawadokusho:20201101210950j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211036j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211153j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211245j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211345j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211427j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211535j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211635j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211734j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211815j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101211938j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101212039j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101212130j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101212303j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101213148j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101213315j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101213408j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101214259j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101214400j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101214450j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101214605j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101214717j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101214816j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101214914j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215021j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215119j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215216j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215322j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215416j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215502j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215603j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215739j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101215848j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220010j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220140j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220241j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220350j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220522j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220647j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220756j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101220844j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221041j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221131j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221230j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221323j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221402j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221457j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221554j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221637j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221650j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221737j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221828j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101221917j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101222009j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101222051j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101222137j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101222205j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101222232j:plain

 

 

 

 

自分の人生のなかで〈アイヌ〉との接点があったのははるか昔、

19歳の頃大学受験浪人のため新聞奨学生として上京していたときだった。

ほかの新聞奨学生たちと恵比須の寮に住んでいて、

自分の配達する区域と同じところを担当する先輩のAさんが北海道出身で、

アイヌのクォーターということだった。

毛深くて顔の彫りも深く、そしてなにより真冬でも全裸で掛け布団一枚で

寝ていたのが強烈に記憶に残っている。

共有していた配達用のバイクの鍵をとりに夜彼の部屋を訪れると

寝ていることがあって、ごそごそと裸で布団から熊の冬眠開けのように

起き出すのであった。

遊びにみんなで彼の部屋に入ると、

なんか獣臭いと裏でからかっていて、その匂いの感じも今でも記憶にある。

東京というのは私も含めて地方のいろんな人を集める強い求心力のある場所なんだと

ほかの新聞奨学生達の顔ぶれとともに若い自分は興奮していたものだった。

 

恵比須が代々木から近いので、代々木アニメーション学院に通う人たちが

この寮には多かった。彼もそうで、部屋にはデッサンの絵が散らばっていた。

今でもアニメの世界に関わっているのだろうか。

生きているのかどうかも、わからない。

その恵比須の専売所を経営していた社長はとうに亡くなり、

その思い出深い寮も取り壊された。

私は大学に合格し、その寮を去り、大学も5年かかって卒業して、

気の進まない職に就き、煮えきれない日々を送っていたところ、

ある日無性に恵比須に行きたくなって7,8年ぶりかにその寮へむかったところ、

ちょうど取り壊しの最中だったのだ。

家にも意思があり、呼ばれたということだったのか。

むしろそのときは私は家と区別がなかったのかもしれない。

解体を惜しむように写真をたくさん撮った。

ショベルの壁に食い込む爪が痛かった。

私はいつも最後の弔いに立ち会う役回りが多いようだ。





話がそれた。


旅の3日目は十勝の平原をひたすらに走っていった。

荒野ではない。それぞれに人の息、人間の営みがかかっている大地。

だからさびしさは、ない。荒涼ともしていない。

とても充たされている気持。

土、大地とともに生きている強い確信がある。

でも帯広の街にはいった途端、さびしさを感じた。

ほんとうに寒々しい。

でもそれは文化。文化は慰み。人間にとって必要なもの。

それはそれでまた別種の光。

 

 

 

ふたたび『アイヌ歳時記』萱野茂ちくま学芸文庫)よりアイヌの言葉。

 

「ライヘネヤ モコロヘネヤ アコンラム シッネカネ タナクカネ

(死んだのか眠ったのか 私の思いが もつれてしまい 

 でこぼこになり…)」


 



























 

北海道、網走・知床・十勝への旅 2日目

f:id:kannawadokusho:20201031230452j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031230535j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031230638j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031230746j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031230851j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031230954j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031231200j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031231250j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031231442j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031231554j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101091944j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092043j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092135j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092236j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092330j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092509j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092756j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092845j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101092929j:plainf:id:kannawadokusho:20201101092703j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101093053j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101093200j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101093440j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101093532j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101093627j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101093718j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101093913j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094053j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094335j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094501j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094651j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094730j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094816j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094917j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101094955j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095035j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095139j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095223j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095332j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095431j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095518j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095600j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095637j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095722j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095812j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095854j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101095933j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101192349j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100128j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100241j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100328j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100438j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100526j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100612j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100659j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100742j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100825j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101100919j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101005j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101050j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101140j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101238j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101320j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101357j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101542j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101630j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101712j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101746j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101821j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101852j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101101936j:plain

f:id:kannawadokusho:20201101133036j:plain

 

 

 

歩いて

バスに乗って

バスから降りて

歩いて 食べて

山 川 空 湖 光 光

目が眩んで

写真を撮って 撮って 撮って

歩いて 話して 笑って 歩いて

バスに乗って

バスにゆらゆらゆられた

一瞬も飽きることがなかった




二日目は光に、大地に、大空に圧倒された一日だった。

早朝より出発。380kmの道のりを走った。



九州には土地はあれど、大地というものはない。

大地があって、それをうけとめる大きな大きな空がある。

層雲峡から網走へ、網走から知床へ。

空も山も雲も川も海も湖もすべて光のなか、一体となって輝いていた。

 

なにもかも広くて大きくて、ここから生み出される「思想」とは、

当然九州とは違ったものになるだろう。

 

「私」はあまりにも小さく、自然の一部にすぎないことを痛感させられる。

むしろ積極的にそうありたいと思わせる、平伏させるような偉大さがあった。

 

そこに囚人達が過酷な条件の中でつくった道路やその亡骸を弔った鎖塚、

圧制されたアイヌたちの歴史が横切っていく。

そこをさらに美味しいズワイガニイクラや鮭の料理が交わされる。

もちろんこれは道楽であり楽しむための観光だけれども、

自分はこの大地や大きな空から降ってくるものを少しでも受け止めたいと思ったのだ。

 

 

宿泊したホテルでのアイヌの方の古式舞踊のデモ。 

アルバイトだろうか、若い娘さんが古老に連れられて踊りを見せる。

見世物のような恥ずかしさを滲ませながら。

萱野氏によれば、誰もがアイヌであることを嫌う時期があるという。

でも故郷をしのぶように、歳月を経てそれに愛着を覚えるようになれば、

その羞恥もいくばくか救われるかも知れないと都合の良いことを思う。

 

 

ふたたび萱野茂氏の『アイヌ歳時記』(ちくま学芸文庫)より引用して

アイヌの世界観に触れてみたい。

 

 皮剥ぎするときに大切なことが一つあって、何かというと、ウサギは皮下脂肪がほとんどない動物で、脂身といえば前足の付け根に大人の小指の先ほどがあるだけである。父はそのわずかの脂身を両方の手にうやうやしく押しいただき、「フーン、ケライネクス イセポカムイ エハルコロルウェ(ああ さすがに ウサギの神さま たくさんの脂身を)」とお礼を言うのである。

 

 これはクマにしてもシカにしても、またとくにムジナ(タヌキ)などは脂身の塊のようなものなのに、ウサギは脂身というと小指の先ほどしかないのを常々恥ずかしく思っている。それを知っているアイヌ民族はウサギの神に恥ずかしい思いをさせないために、大げさに声を出してあたりの神々にも聞こえるように、ほんのわずかの脂身を両方の手で押しいただくわけである。このことは狩猟民族として獲物の神たちに恥をかかせないための心づかいであり、今でも忘れることのできない一場面であった。 

 

 

環世界。

動物には動物の世界があり、それは人間の主観とは著しくかけ離れたもの

というのが一般常識かも知れない。

しかし、(あえて)私の世界の延長として他者の世界を見る、というのは

いくばくかこの世界を愛する(もしくは憎む)方法のひとつになり得ないだろうか。

 

 

 

 

 

知床五湖の高架木道のデッキの上でこの曲を夜に弾いたなら、

どんな響きが起こるのだろうかと夢想した。

何度でも行きたい。ここは別の惑星。

 

www.youtube.com








 

北海道、網走・知床・十勝への旅 1日目

 

 

 

毎朝、会社で清掃活動をする。

自分は主に外回りの落葉などを掃く担当になっている。

この時期は落ち葉が多く、毎日毎日掃いても降ってくるが、

清掃後はなかなか清々しい気持ちになる。

 

ただ積もった落ち葉を掃くと、時折その落ち葉を寝床にするように

ダンゴムシの集団が身を寄せ合っていることがあり、

彼らの安息地を荒らしてしまったことへの申し訳なさが微かに残る。

むげねえことをしたなと。

 

 

 

アイヌ文化研究者萱野茂氏の著書『アイヌ歳時記』(ちくま学芸文庫)の冒頭に

こんなことが書いてあった。

 

 

 今から七十年近く昔のこと、私が祖母てかってに連れられて近くの沢や山へ山菜を採りに行くと、祖母は独り言のように「隣のばあちゃんも採りにくるといっていたから」とつぶやいて、次々と採る場所を移していった。

 それは、隣のばあちゃんのためといいながら、実は一カ所で山菜を根こそぎ採りつくさない、自然を大切にする心得であり、来年の種を残すための教えであった。また、小魚を獲るために平たい石を動かすと、それは魚の寝床なのだから元のように平らにしなさい、というなど、アイヌは本当に自然の中に生き、山から、川から食べ物をいただくという感謝の心を忘れなかった。

 

 

それはやさしというより、弱さの力。

わからないけれど、そういう感受性のことをなんと呼べばいいのだろう。

その弱さこそが、他者(動物や虫もふくめて)との通路になりうると。

 

 

GoToキャンペーンを利用して社員旅行で北海道へ行った。

先々で「アイヌ」の文化(観光化されたそれ)に触れた。

九州と北海道は端と端。

チェーホフの書いたように、一方の端に触れたら、もう一方の端がゆらぐのか。

撮った写真を並べながら、おもったことを書いてみようと思う。

 

 

f:id:kannawadokusho:20201031202928j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031203006j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031203200j:plain

f:id:kannawadokusho:20201031203322j:plainf:id:kannawadokusho:20201031203232j:plain





 

旅は誰かが言ったように、目的地に向かうことよりも、

住んでいる場所から離れることに愉悦があるのかもしれない。

 

1日目は層雲峡温泉まで行って宿泊した。

新千歳空港からは雨だったけど、あしたからは晴れた。