集英社のこの「コレクション 戦争×文学」のアンソロジーが好きで、
安価で手に入る機会を見つけては購入している。
母は美容師をしていて、仕事柄たくさんのお客さんと話をする。
そのなかには満州から命からがら引き揚げてきたお婆さんもいて、
引き揚げの途中ロシア兵に夫は襲われ、腹を鎌で切り裂かれ腸があふれ出て死んだ。
そのときの血のついた服を形見としてずっと持っているという話を聞く。
四姉妹のうちの一人の子は目が青かった。
そんな話がごろごろあるが、語る者はもうこの世にはいず、
箪笥にしまわれた血染めの服はどうなったのだろうか。
海が見たい、と私は切実に思った。私には、わたるべき海があった。
海は私にとって、一回かぎりの海であった。
『望郷と海』石原吉郎