GWは晴天の合間を縫って四国に渡り、瀬戸内海の島々を巡る旅をしました。
島々といっても、直島と豊島だけですが。
特に豊島の豊島美術館は静かで繊細で、従来の美術館のイメージを覆す、
自然と融通無碍の空間を一体となって味わうような美術館でした。
人に内省を促すような静けさと残響がこだまします。
豊島へは高松からフェリーが出ています。オススメです。
GWは晴天の合間を縫って四国に渡り、瀬戸内海の島々を巡る旅をしました。
島々といっても、直島と豊島だけですが。
特に豊島の豊島美術館は静かで繊細で、従来の美術館のイメージを覆す、
自然と融通無碍の空間を一体となって味わうような美術館でした。
人に内省を促すような静けさと残響がこだまします。
豊島へは高松からフェリーが出ています。オススメです。
「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった」――。やし酒を飲むことしか能のない男が、死んだ自分専属のやし酒造りの名人を呼び戻すため「死者の町」へと旅に出る。その途上で出会う、頭ガイ骨だけの紳士、指から生まれた赤ん坊、不帰(かえらじ)の天の町……。神話的想像力が豊かに息づく、アフリカ文学の最高峰。1952年刊。
第二回目の別府鉄輪朝読書ノ会の課題図書は、
エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』をとりあげます。
作者のエイモス・チュツオーラはナイジェリアの作家(1920-1997)ですので、
大きくはアフリカ文学という範疇に入りますが、英語で書かれた小説です。
冒頭はこんな文章で始まります。
「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。」
冒頭からすでに、わたしたちの生きている世界の論理や常識から外れた
肌触りがします。
ラテンアメリカ文学は読まれている方でも、
アフリカ文学はなかなか触れる機会がないだろうと思い、
今回この作品をとりあげてみました。
どんな〈読み〉があるのか、みなさんの感想が楽しみです。
まだ残席ありますので、気になる方はぜひホームページより
お申し込みください。
シミズ
第一回目の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。
今回の課題図書は夏目漱石の『こころ』でした。
参加者は女性9名、男性7名で年齢層は20代から60代まででした。
参加者それぞれの『こころ』の読書体験があり、
それをつき合わせることで、各人の考え方や生き方、嗜好性の違いが
浮き彫りになっていったように思います。
父や天皇、大将、師など超越者が次々と死んでいくところに注目する方もいれば、
相続の問題にリアリティを感じる方、先生と私の同性愛的な関係性や、
作品の色彩や映像性に着目される方、ホラーとして読んだ方、
ミステリーとして読んだ方など、
本によって逆に読み手がライトアップされるところが、
たいへん興味深かったです。
2時間ではとても語り足りませんでした。
参加者のみなさま、協力していただいたスタッフのみなさま、
ありがとうございました。
今回、むすびのさん特製のこころをイメージしたまん丸なパンも好評でした。
むすびのさんは今月で5周年を迎えました。おめでとうございます。
あと5年は頑張るとのこと。これからもよろしくお願いします。
オーガニックなパンとスープを美味しくいただきました。
最後にみなさんの持参した『こころ』を手に取り、記念撮影をしました。
おつかれさまでした。
第一回目の別府鉄輪朝読書ノ会はすでに満員御礼ですが、
とりあげる課題本の紹介をしたいと思います。
夏目漱石『こころ』。
夏目漱石は1916年に49歳で亡くなっています。
今年で没後100年ですね。
処女作の『吾輩は猫である』が1905年の発表ですから、
あれら傑作群をわずか10年ほどで書いていたことになります。
『こころ』は亡くなる2年ほど前に朝日新聞に連載されました。
wikipediaによると日本でもっとも売り上げをあげた本のようです。
学校の教科書で一部読まれた方も多いと思います。
今回、読書会のために10数年ぶりに再読したところ、
その陰鬱さに圧倒されましたが、語りたいことがたくさんあり、
読書会当日がほんとうに楽しみです。
写真は岩波書店から出ています祖父江慎さんがデザインされた『心』です。
若干値段はしますが、読みやすさや旧仮名遣い、
触り心地の良い紙の質感など、たいへん気に入っています。
僕は当日、この本を持参する予定です。
シミズ