対話と人と読書|哲学カフェ大分

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「あなたを定義しているものを失ったとき、あなたは自分を取り戻せるか」

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ノマドランド」を見た。

(以下ネタバレ注意)

 

柳美里の『JR上野駅公園口』のアメリカ版のようであった。

なるほど柳美里の作品が評価されたのも頷けた。

アメリカも日本も同じ問題圏にいるということ。

 

ここにも大きな主題として「風景」があった。

「風景」が自己の定義を更新してくれるものとして立ち上がるのか、

「風景」が自己を疎外するものとして孤独感を深めていくものとして立ち上がるのか、

ノマドの向き不向きはここにかかっているのではないか。

 

主役ファーンの「居場所」はコミュニティにも家族にもなく、

ただ亡き夫の思い出に紐づけられた土地だけのようだ。

(救済は外にはなかった…インランド・エンパイア…)

ツバメの乱舞は、スマホの中の映像だった。

 

大きな事件や出来事は起こらない。

空気感(どちらかというとヒリヒリした)を丁寧に拾い上げていく。

ショットはすべてそこに貢献する。

風景にエモーションを代弁させるような。

 

よくできている。

しかしこれが映画ならば、現実の後追い以上のものを表現してほしかったとも思う。

完成度の高さと面白さは必ずしも比例しない。

見終わった後、人を冗舌に導く映画はだめだと大昔にある評論家が言っていたのを

思い出した。