対話と人と読書|別府フリースクールうかりゆハウス

別府市鉄輪でフリースクールを運営しています。また「こども哲学の時間」など

そらいっぱいの

 

 

なぜならおれは
すこしぐらいの仕事ができて
そいつに腰をかけてるような
そんな多数をいちばんいやにおもうのだ

もしもおまえが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき
おまえに無数の影と光りの像があらわれる
おまえはそれを音にするのだ
みんなが町で暮したり
一日あそんでいるときに
おまえはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまえは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌うのだ
もし楽器がなかったら
いゝかおまえはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光りでできたパイプオルガンを弾くがいゝ

 

宮沢賢治「告別」『春と修羅 第二集』一部

 

 

 

2022.6.20-26

月曜日

日が長い。いつまでも明るい。

明日は夏至だ。よろこびのようなもの。

 

 

火曜日

夏至

夏至で晴れているというのは非常に珍しく、長い一日を堪能できる。

でも間延びしたような日の長さはかえって人をつかれされるのかもしれない。

 

 

水曜日

NPOのための資金調達セミナー。

向こうのオンライン環境が不調で、最初40分くらい声が聞こえてこなくてスライドだけ。公共のセミナーでもあるし、ぶっつけ本番でやるというスタンスが理解し難いものが。

 

わたしのイベントに必ず参加してくれているMさんの声がオンライン上で聞こえてきて、近さと遠さを想った。

 

 

木曜日

日曜日開催の読書会を締め切る。過去最高の参加者数。

いつも以上にわくわくする。

 

風の旅人さんからのピンホールカメラ写真集『日本の古層vol.3』発売のおしらせ。

今回も買おうと思う。

 

 

 

われわれの責任というものは、ただ現在に生きるというだけではない。現在に生きることによって、将来の歴史の作用に耐える、歴史の美化に耐える、そういう文化、そういう社会、そういう政治、そういう国でなければならないと、私は思う。   白川静

 

 

 

金曜日

一晩中強い風で五月蝿くて眠りが浅かった。

 

髪を切る。

髪を切ることへの心理的、いや人格に及ぼす影響の強さについて語り合う。

 

私がファッションというものに目覚めたのは20代の前半、それまでの町の理髪店から新宿のお洒落な美容室になぜか行ってみてからだった。イケてる?髪型とそれまで着ていたダサ系の服がマッチせずに、はじめてメンズノンノなどのファッション雑誌を読み耽りファッションに没入していった。(とくにイギリスのそれに雷を打たれた。)たぶんそこで初めてわたしは自己像(内面)というものが、外側を改変することにより大きく変わっていくことの快感に目覚めたのだった。なんというか下部構造が上部構造を決定していくダイナミズムのようなものを獲得した。(残念ながら、今のわたしの生にはそれは濃くはないけど)若それはい時期に固有のエネルギーに溢れていても無力(無知)みたいな観念からきているのかもしれない。

 

 

フリースクールに通ってきているAさんは、髪への執着というのか関心が非常に強く、それは髪型を通しての自己像の変革が息苦しい「現実」感を大きく変えることを直観しているからなのではなかろうか。

 

 

 

土曜日

4時過ぎに目覚めて活動する。

朝のふしぎなポジティブ性。

 

午前中にオンラインで、アート対話カフェに参加する。

見る、観察することの重要性をあらためて痛感。

絵画を長く見ることで浮かび上がってくる世界の秘密のようなもの。

具象でも抽象絵画でもまったく同じ。

地と図の反転、あやしい交感があった。

わたしもフリースクールで実践してしてみようと思う。

 

 

『「引きこもり」だった僕から』上山和樹講談社)読了。

引きこもり当事者の説得力しかない言葉が書き綴られている。

たくさんの付箋。たくさんのアンダーラインを。

彼に必要だったのは、性を分かち合える恋人と哲学だったと思う。

 

 

・引きこもり者との問いを共有すること

・最深部分でのリアリティの共有

・自分の現実を構成できないでいること

・「自分のため」以外の要因が人生には必要

・他者に甘えさせてもらっている感覚が重要

・「価値観」に関する問いかけが重要

・引きこもりは、何よりまず既存の価値観や制度への疑問符として体験されている

・「自分」を引き受けられない

・解決よりもジレンマを共有すべき

・声を使うことにものすごい屈辱がある

・頑張ったことが評価されない無力感

・今のスタンダードにのっかれなくて苦しんでいる人たち

・僕は命懸けで引きこもっている

・自分自身以上に、自分の現実について真実を握ってしまっているように見える人物

・公私混同

・自分がある知識を持っているとして、それにどこまで自分一個の人生を賭けられるか

 

『「引きこもり」だった僕から』上山和樹講談社

 

 

 

「私」を捨てて働くことにたいする不純さに敏感であることが端々から感じられる。

その裏切り感覚を努努忘れるな。

賢治の詩とも通じる。

引きこもり者は働くくらいなら餓死の方を選ぶ人たちなのだ。

 

 

 

日曜日

六月の別府鉄輪朝読書ノ会の開催。

今回の課題図書は『おらおらでひとりいぐも』。

参加者の強い共感があったようだ。

初参加者の方達がまた来月も申し込んでくれた。うれしい。

 

 

この作品ははんぶん宮沢賢治にみちびかれていると思う。わたしも宮沢賢治とじっくり向き合うときがきているのかも知れない。(10代からすぐそばにいたが、わたしが年齢を重ねるほどに強くその存在が出てしまって、距離をとっている)

 

 

終わって、親とうかりゆハウスを断捨離、掃除して心地よく疲れ、夜はビールを飲んで、久しぶりによい酔い方。膝の上の猫のオカユが揺れると思ったらおとなり熊本で大きな地震があった。