対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

【開催報告】オン哲!4.18(オンライン哲学カフェ)

 

 

オン哲!4.18(オンライン哲学カフェ)を初めて開催しました。

 

「コロナウィルスは世界をどう変えていく?」をテーマに

 

みなさんと対話をしました。

 

 

f:id:kannawadokusho:20200419130310j:plain

当日のZoom画面より

 

 

20名を超える参加者のなかで、テーマが扱う範囲も広く、

タイムスケジュールの管理もうまくできなかったので、

反省点として次回に活かしたいと思います。

 

 

個人的にはとても楽しかったです。

特に本編が終わってからの2次会が楽しかったというか、

(お酒を飲みながらというのもあったのですが)

充実度が高かったので、それがなんなのかも考えたいと思います。

(論文的な本編? 散文や詩、エッセイのような2次会?)

挙手制は残しつつも、きっちりしない方がいいのかも。

途中で眠ってもいいし、今日別の所で参加したオンライン意見交換会では、

ご飯を食べている方やベッドにごろんとしている方もいて、

なんかいいなあと思いました。

 

 

以下オンラインとオフライン(対面式)の違いについて

ファシリテーター目線から気付いたことを書き記します。

他の哲学カフェの主催者の方に参考になればと思います。

(たぶん今後オンラインに慣れていくにつれ、この違いの鮮明な感覚は

色褪せていくように思います)

 

 

参加者のみなさんの遠さと近さ

声は近いけど、身体(雰囲気も含めて)は遠いのが変な感じ。

みなさんの家、部屋(生活)の一部が垣間見えて近しさ親しさを感じる。

感情の機微が読み取りづらい。勝手に想像してしまう。

 

初対面の方との緊張感が薄いような気がする

 

挙手制を守ってもらえれば、対話に大きな支障はない

 

・Zoomというツールによる、聴きづらさ話しづらさとかは特になかった。

通信によるタイムラグも特に感じない。

 

場の一体感が得にくい?(笑いにくい、いや笑いが伝播しにくいとか)

しかし、そもそも哲学カフェにおける場の一体感とは。

二次会では哲学カフェは協働作業という言葉が出ました。

 

深掘りしにくい?

参加人数や選んだテーマ、進行の仕方などにもよるかと思います。

今後の課題。

 

・対話における身体性、肉声とは。沈黙はどう表現されている?

 

・フラットな関係が実現しやすい

 

・オンラインにおける居心地の良さ、空気はある?

 

・女性が参加しにくい?

対面式の時よりも女性の参加者が少なかったです。

パソコンが苦手ということもあったかもしれませんし、

テーマにもよるのかもしれません。

カメラに写るのが苦手という方もいるでしょう。

自分が話しているのを見るというのはたしかに最初違和感がありました。

 

・パソコン・ネット環境がない人が参加できない問題

今回常連の方で参加したかったけど、パソコンがないので

参加できなかったという声があり辛かった。

また不安定なネット環境のため途中離脱の方がいた。

 

・リラックスしすぎることの良し悪し

 

・機動性の良さ

思い立ったらすぐできる。

 

・距離の制限を超えていろんな地域、国の人との交流ができる楽しさ

それまでの対面式とは違った層とのつながりが生まれます。

 

・地域性の喪失?

地域性というよりも、その会が持っていた固有の雰囲気が消えて一律になる?

 

・コロナが終息しても、オンラインを続けるかどうか?

続けるとしたらその理由。

 

 

オンラインは主催者側からすればとてもラクでした。

いつもはスケジュールを決めて、会場を事前におさえ、お金を払い、

当日は大分市の中心部まで車で行き、重い荷物をもって会場をセッティングする。

でもおそらくその過程の中で、哲学カフェモードになっているのかなと思います。

日常と非日常の境をゆっくりまたぐ。

 

哲学カフェは非日常だと思うので、それが日常のなかに入ると、、

生活のなかの哲学カフェの誕生?

 

 

 

 

***

そもそも哲学カフェになにを求めるのか…

参加者と主催者とのマッチング、ミスマッチングについて。

哲学対話とは…なんだろう

オンラインを経験して、改めて明瞭な問いとして浮き上がってきた。

 

次回のオンラインのテーマにしようかと思います。

またよろしければご参加ください。