対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

腐草為螢(くされたるくさほたるとなる)

 

 

 

 

花があちこちに咲いて草が生い茂っている季節は、猫にとって世界はどんな匂いの集合体になっているのだろうか。

 

明け方の猫』保坂和志

 

 

 

 

 

 

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一週間

 

 

月曜日

哲学カウンセリング、哲学相談について調べる。 

積ん読のままになっているピーター・B .ラービ『哲学カウンセリング 理論と実践』を読み始める          。(猫がスペース・キーを押した)ラービは世界各国でバラバラに実践されている哲学カウンセリングを検証し、批判を加え、新たなモデルをこの本で示そうとしている。私は、創始者ゲルト・アッヘンバッハ の「哲学カウンセリングは明確な方法といえるようなものを持たないし、持つべきでもない」という主張に魅かれるがそれでは全体的な質の向上には繋がらないのだろう。

 

 

火曜日

フレデリック・ワイズマン監督「エクス・リブリス ニューヨーク公共図書館」をDVDで。ワイズマンの「何もしない」手法がNYPLの題材にとても効いている。

 

深刻化するホームレスの利用者に関する会議のなかで、ある人が規則を決めて来館を一時的に禁止するのはどうかと提案したのに対し、館長がホームレス政策に図書館がどこまで踏み込むべきか、規則を定めるのも大事だが、最終的に変えるべきなのはこの街の(排除の)文化で、助けるべきホームレスもいるという言葉を返していたのにはいたく感動させられた。

 

i am in the public eye(公共の目の中に)

標語の実践。すばらしい。

 

ちなみにニューヨーク公共図書館は半分は民間で寄附等で運営しているというのも驚かされる。アメリカという国は成熟しているところとそうでないところが両極端で、その両極端の力学のなか善きものと悪しきものが引っ張り合い、最終的には理性の行使によって善き社会の建設が達成され維持されていくみたいな弁証法が見えるのが羨ましい。

 

 

YouTubeでポキポキ整体を見るのが癖になっている。

ASMRというのだろうか、見ているとこちらも凝りがほぐれてくるような気がする。

 

 

暑いなか走った。ふらふらになった。

 

 

水曜日

晴れが続く。洗濯物がすぐ乾く。

 

 

鉄輪で狭い路地をスピードをあげて走る車に引かれて死ぬ猫がいる。 

湯布院みたいに一部の道路を進入禁止にはできないか。

また私も車に乗るから潜在的な加害の側となるのか。

 

竹田駅のニャー駅長が車にはねられて事故死したとの報。

かなしい。かなしい。

 

 

 

  

騒々しい観光客らは、まだ来たことがなく、この沈黙した大いなる者と共に、あなたは独りでいることができた。その下に坐っていると、樹は天へ聳えるほど巨きく、時間も消えた。永い歳月によって沈黙の威厳を身につけ、老年の無関心に達していた。それはあなたの精神と同じように沈黙し、あなたの心と同じほど静まり、時間の重荷を負うことなく生きていた。あなたは、時間さえ触れたことのない慈悲と、傷、不幸というものを知らない無垢を感じていた。あなたはそこに坐り、かたわらを時間が通り過ぎた。それはけっして帰ってこないだろう。そこには不死があった。そこでは、まだ死が起こったことがないからだ。その巨大な樹と雲と大地以外には、なにものも存在していなかった。あなたはその樹のところに通い、共に坐った。毎日、毎日が祝福だった。そこから離れ去ったとき、あなたは初めてその祝福に気づいた。なにかをもっと求めて樹のところへ帰ることなどできなかった。そこには、もっとというものなど存在しなかった。

 

クリシュナムルティの日記』クリシュナムルティ

 

 

 

 

木曜日

前川恒雄『移動図書館』(夏葉社)を読む。

書き込められた言葉のすみずみにまで、情熱が高い志が溢れていて、

それは出版社の夏葉社そのものの思いでもあるのだろうし、

ほんとに素晴らしい書物を復刻してくださってありがとうと言いたい。 

 

 

台湾カステラをはじめて食す。ほのかな甘さで美味しい。

私は白砂糖に弱いので甘すぎるのを摂取するとふらふらになることがあるが、

台湾カステラは食べてもそんなことはない。

 

 

 

金曜日 

パラパラと小雨降る中走る。暑いよりはよい。

ニラを食べ過ぎて足下に過ぎる雑草がニラに見える。これ食えるんじゃないのか。

走るコースが途中人一人しか通れない道があって、

今日傘を差した主婦の人と擦れ違うときに体を横にして通り抜けようとしたところ、

向こうは傘を高く上げて私を通してくれたが、その瞬間顔が見えたら、

ランドセルをかけた小学生だった。

 

 

吉本隆明の特集番組をネットで見る。家にテレビがないので助かる。

高橋源一郎の声によって読まれる吉本の詩が、ほんとうに素晴らしい。

その叙情性に泣き出したくなる。 

 

 

 

異数の世界へおりてゆく

異数の世界へおりてゆく かれは名残り
おしげである
のこされた世界の少女と
ささいな生活の秘密をわかちあわなかつたこと
なお欲望のひとかけらが
ゆたかなパンの香りや 他人の
へりくだった敬礼
にかわるときの快感をしらなかつたことに

けれど
その世界と世界との袂れは
簡単だった くらい魂が焼けただれた
首都の瓦礫のうえで支配者にむかつて
いやいやをし
ぼろぼろな戦災少年が
すばやくかれの財布をかすめとつて逃げた
そのときかれの世界もかすめとられたのである
無関係にたてられたビルディングと
ビルディングのあいだ
をあみめのようにわたる風も たのしげな
群衆 そのなかのあかるい少女
も かれの
こころを掻き鳴らすことはできない
生きた肉体 ふりそそぐような愛撫
もかれの魂を決定することができない
生きる理由をなくしたとき
生き 死にちかく
死ぬ理由をもとめてえられない
かれのこころは
いちはやく異数の世界へおりていつたが
かれの肉体は 十年
派手な群衆のなかを歩いたのである

秘事にかこまれて胸を ながれる
のは なしとげられないかもしれない夢
飢えてうらうちのない情事
消されてゆく愛
かれは紙のうえに書かれるものを恥じてのち
未来へ出で立つ


吉本隆明詩集 思潮社

 

 

土曜日

ぐずついた天気が一日つづく。

別府市新図書館の基本計画書を読む。とても良くできている。

これを具体的にどう運用させるかはまた別の問題だとしても。

学年や学校を超えて、学校と家庭以外の居場所、探求学習やグループワークなどの

対話的、主体的で深い学びを推進すると書いてあるので、ここに何らか関わりたい。

 

 

夜にオンラインで悩める教師のための対話会を開く。

今回は「学校教育に○○をとりいれるべき」で対話をする。

局所にすぎないかもしれないが、この対話は続けていく。

対話が終わった後はいつも清々しい思いがする。

開催報告はまた別であげます。

 

 

日曜日

朝はオンラインで「本読みに与ふる時間」をひらく。

黙々と読書する。短いけど、それがゆえに濃密な時間。

いつも親子で参加していただいている遠いところのFさん。

今回は偶然母娘で同じ本を取り出して読んでいた!

母娘の結びつきは上下のないフラットで不思議なものがある。

 

終わってオンラインを切り替えて、遠く離れたところで主催する

哲学カフェAさんと自分の活動について話す。

遠くに住む人、志の近い方と話しをするのは楽しく熱い。

コロナの効用といえば、これだろう。

 

 

夕方、ホトトギスが絶え間なく啼いている。

それを聞いた同じく鉄輪在住のKさんがツイッターホトトギスについてツイートしていた。違う場所にいて、同じことを考えていたり、同じ場所にいて、違うことを考えていたり。

 

 

 

初咲き初鳴きは日記にあらわれやすいが,散りおわり鳴きおさめはあらわれにくく,おそらくはつぎのめぐりを待つことのおぼつかない者だけが見さだめ聞きとどけようとして息をつめている.

 

『累成体明寂』黒田夏子

 

 

 

 

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最近お気に入りの場所のようだ。本を踏破してゆくよ