対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

【開催報告】オン哲!5.22「癒しってなんだろう?」

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オンラインのようす

 

 

久しぶりにオン哲!(オンライン哲学カフェ)を開催しました。

テーマは「癒しってなんだろう?」でした。

 

人と共にいる癒しもあれば、一人でいる癒しもある。

つながる癒しと断ち切る癒し。

求める癒しと訪れる癒し。

「主婦」とか「母親」であるとか社会的な記号から外れて、

何者でもない自分になれているときの癒し。

癒しとリラクゼーションは違うという問いかけから、

少しずつ深まっていき、物理や仏教の話から知見を得たり、

近代的な概念からの考察など、「傷」を負っていることが前提になっているとの

問いかけもありました。

 

参加者の方が別のサイトで感想をあげられていたので、

ご本人に許可をいただき、ここに転載します。


ご参加ありがとうございました。 

 

*** 

昨日、「癒し」をテーマにした
哲学カフェに参加して
考えたことをまとめました😌

その場では
思考が止まってしまったので
一人になってゆっくり
考えをまとめました。

今の自分に必要なことだったので
記録に残します💖

✨✨✨✨✨✨✨

傷があるから癒しがある
嫌な人が居るから好きな人がわかる

相反するものの存在とともに
全てが存在していて

嫌なことは
自分の好きなものや快適な環境を
知るためにある。

だけど
一足跳びにそんな風に思えない。

負の感情を否定してしまい
癒しにならない。

始めは
嫌な感情を全て自分で言語化して
書き出すことで
その感情の存在を許す。
クソ野郎❗️とか 🤣

その次の段階で
初めて自分の好きなものが何か
見つめ、知る段階になる。

そうすることで
嫌な人や嫌な出来事が
その為にあると理解できて

そこではじめて
自分と他人を
「許す」という癒しが
起きる。

いい子ぶりっ子の私は
忘れがちだけど

悪どい自分
汚い自分を
認めて許して

やっと
全てを愛で包む癒しになる。

許しという癒しは
自分の好きなものにたどり着く
道筋になっている。

私は一人でゆっくり
考えをまとめることができる環境で
表現することが好き。

思考が止まる自分を許したから
気づいた「好き」。

など話しました。

「癒しは許しの先にある
闇をも包み込む包容力。」