対話と人と読書|哲学カフェ大分

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【開催報告】悩める教師のためのオンライン対話 8.28

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悩める教師のためのオンライン対話を開催しました。

 

今回選んだテーマは「学歴は不要か?」でした。

 

学校教育の変革といったことを考える際に、いい大学を出て、いい会社に入るという考え方を変えていかないと、変革は起きないという前提で始めました。

 

初めに参加者のみなさんに学歴についての考えを聞きました。

 

・学歴は必要。生きることのスキルにつながる。それでも何かに没頭することの重要さ。

文化資本と学歴の関係について。可視化しにくい。

・名も無い凡人が市場価値を高めるために必要。それを武器とする。でもそもそも何故学歴が必要か考えられていない。学校教育と学歴は別でなければいけないのではないか。

・時と場合による。どうやったら幸せになれるかを考えること。着地点として医者や弁護士など学歴が必要な場合がある。学歴が無視できない側面がある。

・中学高校大学というカテゴリーでの学歴とどの大学に入ったかいう意味での学歴、大学院の修士や博士といった学歴を分けて考えた方がいい。

・社会がいろいろと変化しているのに、未だに古い価値観の教育ママがいることの不思議。

・職業選択に必要なものとしての学歴がある。自分が何をしたいか考えるべきだった。

・学歴は選択肢の幅を広げられる。古典的な極端な教育ママが今でもいることの驚き。

 

学歴の必要性は認めつつも、それだけではないといったところ対話を深めていきました。

 

・大学に入ってからが大事。そこから教養や個性を磨く。

・大学受験勉強に特化した教育は、教育本来のあり方を歪めるという論調がある。

・受験勉強で疲弊して、大学に入ってからの勉強が厭になっている。

・どう生きたいのか問う。

・大学はそもそも研究の場ではなかったのか。就職予備校化している。

・高校は大学受験予備校化している。

・お金と学問が結びついてしまっている。

・人文学の軽視、予算の削られ。実学の重視が世界的な流れ。

・大学は本来真理を追求する場のはずだが、、日本は大学というものをよく理解せずに輸入した。

・日本の近代化においてそもそも東大は官僚の養成機関として始まっている。

ベーシックインカムを導入すれば、学歴偏重社会は変わる?

・学歴ではなくコネやツテで成立している世界がある。

・大学で身につけるスキルは大局観を養える。アタリがつけられる。

・今の大学生は忙しい。モラトリアムなんてもはやない。

・YouTuberに学歴はいらない?

・恋愛でも学問でも何でもコスパの時代。

・大学や学問がビジネス用語で語られる時代。

リスク管理できないことを恐れる。主体性や対話がなくなっている。

・日本の一律入試での大学入学は平等。世界はそうではない。

 

 

 

僕自身は大学受験勉強と大学に入ってからの勉強を切り分けてたというか割り切っていたので、大学に入学してから燃え尽きたということはなく、大学で哲学を学んだことはとても楽しかったし、やりたいこと没頭したいことが他にもたくさんあって、それができたので恵まれていたと思うが、今の大学の状況はそうではないのだろうと想像すると、大学とか学歴の意味を再度捉え直さないといけないのだろうとなと感じました。

 

 

話は尽きませんでしたが、タイムオーバーということで、このあたりで終わりにしました。また視点を変えて学歴や大学について問いたいなと思います。

 

 

ご参加ありがとうございました。