対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

【開催報告】哲学ツーリズム@釜ヶ崎 11.2 その6「釜ヶ崎支援機構とシェルター」

 

 

 

人間は人間が好きではない。人間は社会をつくりたくない。にもかかわらず人間は現実に社会をつくる。言い換えれば、公共性などだれももちたくないのだが、にもかかわらず公共性をもつ。ぼくには、この逆説は、すべての人文学の根底にあるべき、決定的に重要な認識のように思われる。

 

(中略)

 

人間は人間が好きではない。人間は社会をつくりたくない。にもかかわらず人間は現実には社会をつくる。なぜか。

 

本書は、その謎を解くヒントを、一般意思の再読にではなく、観光客のありかたに見いだそうと試みるものである。それはまた同時に、十九世紀以降の、まじめな公とふまじめな私を対置させる政治思想への異議申し立てでもある。

 

『ゲンロン0 観光客の哲学』東浩紀

 

 

 

 

 

寿命

 

この地域の平均寿命は日本最短です。

平均よりおよそ5~10歳若くして亡くなります。

若い頃の過酷で劣悪な環境での労働が影響していると思われます。

 

ココルーム制作「釜ヶ崎アーツガイドマップ」より

 

 

 

 

徐徐に釜ヶ崎の最深部に入って行きます。

釜ヶ崎、西成、あいりん地区といっても広いです。

そして濃度というのでしょうか、空気や雰囲気に濃淡があるのがわかります。

ガードが境界線にでもなっているのでしょうか。

ここからはより濃く深いところに向かっていきます。

 

 

 

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途中四角公園を通るも、カメラは向けられませんでした。

言葉にもうまく表現できません。

ただ怖いとか、暗いとかいうことではありません。

むしろ不思議な明るささえあります。

お酒からくるものかもしれませんが、

釜ヶ崎にはなにか人間の欲望が素直に解放されたような、

軽さや明るさがあり、僕がこの地に惹きつけられるのも

その明るさによってだと思います。

 

 

 

写真

 

写真や動画の撮影は長らくこのまちではタブーでした。

ここは身分証がなくても働ける場所であり、

過去は問わないまちです。

自分がここにいることを知られることを恐れる人も多くいます。

昔の映像記録には隠し撮りされたと思われるものも少なくありません。

しかし、スマートフォンなどの普及で誰でも撮影できるようになった

こともあり、最近ではかなり寛容になってきました。

とはいえここは観光地ではなく生活の場です。

いきなりレンズを向けることは避けるべきでしょう。

また特定の場所では今でも撮影がきわめて困難です。

 

ココルーム制作「釜ヶ崎アーツガイドマップ」より

 

 

 

今回ブログでいろいろと写真をアップしていますが、

肝心なものはむしろ撮れていません。

子供の表情のゆたかさや活力、大人たちの佇まい、いろんなアクション、

声掛け、細部や断片など撮影できなかったものにこそ、ここの本質がありました。

 

 

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釜ヶ崎支援機構に着いて、山田理事長に話を伺いました。

釜ヶ崎の生き字引のような、40年以上この地で活動されている山田さんの言葉は

迫力があり、矢継ぎ早に繰り出される熱い思いにメモをするのが追いつきません。

 

 

「ここは社会的なゴミ捨て場」

生活保護だけでは酒にいく」

「路上に捨てられる無縁仏たち」

「食いっぱぐれたら釜ヶ崎

「これからここへくる子供たちが増えていく」

「受け止めの仕組みをどう作るか」

 

 

 

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釜ヶ崎支援機構は、特掃(高齢者特別清掃事業)と呼ばれる社会的就労事業を

行っています。

特掃とは、釜ヶ崎の55歳以上の日雇労働者を雇用して、大阪府下および市内の施設や

道路などの清掃・除草や、保育所の遊具のペンキ塗りなどの作業を実施しています。

 

入り口には特掃の登録者数1027人と、

11月5日に輪番で紹介を受けられる番号が書かれていました。

 

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f:id:kannawadokusho:20191104215547j:plain人間的な生活をするには少なくとも三食食べれてコーヒーくらいは飲めないと」とは山田理事長の言葉。

 

「禁酒の館」の名称で、日中の休憩、交流、就労・生活支援のための居場所を提供しています。またシャワー・洗濯機を無料で利用できます。

 

 

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ここのシェルターの見学が参加者に与えた衝撃は大きかったです。

最大532人分の寝場所を提供していますが、

不自由さを嫌って野宿を選ぶ方も多いようです。

利用は一日単位で、夕方5時半に利用券を配布し、翌朝5時までの利用となっています。

 

 

 

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炊き出しの道具もありました。

 

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山田理事長の話に出た「ジェントリフィケーション」という聞きなれない言葉を

帰ってウィキペディアで調べました。

まさにいまの釜ヶ崎が置かれている状況そのもので、

山田理事長はこうして釜ヶ崎が消滅していくことを危惧していました。 

 

 

ジェントリフィケーション(英語: gentrification)とは、都市において比較的貧困な層が多く住む中下層地域(インナーシティなど都心付近の住宅地区)に、再開発や新産業の発展などの理由で比較的豊かな人々が流入し、地域の経済・社会・住民の構成が変化する都市再編現象である。日本語では、高級化、中産階級化、階級浄化などの訳語があてられる。価値判断を離れれば、「都市再編に基づく地価上昇」と簡単に定義することもできる(そのような研究者もいる)。これにより、貧困地域の家賃・地価の相場が上がり、それまで暮らしていた人々が、立ち退きなどによって住居を失ったり、それまでの地域コミュニティが失われたりすることが問題となる。

ジェントリフィケーションが起こるには、いくつかの要因が考えられる。国や市などによって再開発計画が進められ、土地の価格が上昇する場合もあれば、廃屋などが多い地域に近隣地域から中産階級流入し、地域経済の構成が変化する場合などもある。

ジェントリフィケーションの結果、その地域の地価が上昇し犯罪率が下がるなど、治安が向上することもある。しかし、このために家賃や税金が上がるなどして、それまで居住していた人々が居住できなくなり、地域のコミュニティが崩壊することが問題となっている。

日本においては、2000年代以降の東京都の都心部や湾岸地区で顕著である。再開発により旧来の住宅地が再開発され、高級マンションや高層オフィスに変貌している。

wikipediaより

 

 

 

ドヤ街のジェントリフィケーション

 

「ジェントリフィケーション」(Gentrification)は1964 年に社会学者ルース・グラスが『ロンドン』で初めて提出した概念で「地域の高級化」とも訳される。近代以降、都市が発展するに従って中流以上の住民が郊外に住む傾向が強くなり、都市中心部がスラム化する「空洞化現象」が知られていた。この空洞化した都心に高収入層や企業が回帰し、地域を作り替えてしまう現象をジェントリフィケーションと言う。

 

(中略)

 

釜ヶ崎は日本社会が抱える労働、差別、貧困、医療、福祉の矛盾が集中する「日本の縮図」として、困窮した人たちを支援する「社会資源」が最も集中する街になった。夜回り活動、飢えた人々への炊き出し、医療や生活保護や労働に関する相談、シェルターなどの宿泊施設やアルコール依存症の団体、こどもの貧困や虐待に対応する施設、アパートに入ったあとの生活支援を行なう団体などが活発な活動を続け、他の街では担うことのできない働きを数十年の間、続けている。

 

 

釜ヶ崎は「高級化された」地域になるべきだろうか。むしろ、生活困窮などさまざまな「生きづらさ」を抱える人々が助け合いながら生活できる街として存在し続けることの方が、はるかに社会的意義があるのではないだろうか。

 

釜ヶ崎から』生田武志ちくま文庫

 

 

 

 

1時間はあっというまでした。お話ありがとうございました。

つぎはあいりんセンターに向かいます。

 

その7に続きます。

 

kannawadokusho.hatenablog.jp