対話と人と読書|哲学カフェ大分

大分市で哲学カフェ大分を別府市で別府鉄輪朝読書ノ会を開催しています。

北海道、網走・知床・十勝への旅 2日目

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歩いて

バスに乗って

バスから降りて

歩いて 食べて

山 川 空 湖 光 光

目が眩んで

写真を撮って 撮って 撮って

歩いて 話して 笑って 歩いて

バスに乗って

バスにゆらゆらゆられた

一瞬も飽きることがなかった




二日目は光に、大地に、大空に圧倒された一日だった。

早朝より出発。380kmの道のりを走った。



九州には土地はあれど、大地というものはない。

大地があって、それをうけとめる大きな大きな空がある。

層雲峡から網走へ、網走から知床へ。

空も山も雲も川も海も湖もすべて光のなか、一体となって輝いていた。

 

なにもかも広くて大きくて、ここから生み出される「思想」とは、

当然九州とは違ったものになるだろう。

 

「私」はあまりにも小さく、自然の一部にすぎないことを痛感させられる。

むしろ積極的にそうありたいと思わせる、平伏させるような偉大さがあった。

 

そこに囚人達が過酷な条件の中でつくった道路やその亡骸を弔った鎖塚、

圧制されたアイヌたちの歴史が横切っていく。

そこをさらに美味しいズワイガニイクラや鮭の料理が交わされる。

もちろんこれは道楽であり楽しむための観光だけれども、

自分はこの大地や大きな空から降ってくるものを少しでも受け止めたいと思ったのだ。

 

 

宿泊したホテルでのアイヌの方の古式舞踊のデモ。 

アルバイトだろうか、若い娘さんが古老に連れられて踊りを見せる。

見世物のような恥ずかしさを滲ませながら。

萱野氏によれば、誰もがアイヌであることを嫌う時期があるという。

でも故郷をしのぶように、歳月を経てそれに愛着を覚えるようになれば、

その羞恥もいくばくか救われるかも知れないと都合の良いことを思う。

 

 

ふたたび萱野茂氏の『アイヌ歳時記』(ちくま学芸文庫)より引用して

アイヌの世界観に触れてみたい。

 

 皮剥ぎするときに大切なことが一つあって、何かというと、ウサギは皮下脂肪がほとんどない動物で、脂身といえば前足の付け根に大人の小指の先ほどがあるだけである。父はそのわずかの脂身を両方の手にうやうやしく押しいただき、「フーン、ケライネクス イセポカムイ エハルコロルウェ(ああ さすがに ウサギの神さま たくさんの脂身を)」とお礼を言うのである。

 

 これはクマにしてもシカにしても、またとくにムジナ(タヌキ)などは脂身の塊のようなものなのに、ウサギは脂身というと小指の先ほどしかないのを常々恥ずかしく思っている。それを知っているアイヌ民族はウサギの神に恥ずかしい思いをさせないために、大げさに声を出してあたりの神々にも聞こえるように、ほんのわずかの脂身を両方の手で押しいただくわけである。このことは狩猟民族として獲物の神たちに恥をかかせないための心づかいであり、今でも忘れることのできない一場面であった。 

 

 

環世界。

動物には動物の世界があり、それは人間の主観とは著しくかけ離れたもの

というのが一般常識かも知れない。

しかし、(あえて)私の世界の延長として他者の世界を見る、というのは

いくばくかこの世界を愛する(もしくは憎む)方法のひとつになり得ないだろうか。

 

 

 

 

 

知床五湖の高架木道のデッキの上でこの曲を夜に弾いたなら、

どんな響きが起こるのだろうかと夢想した。

何度でも行きたい。ここは別の惑星。

 

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