読書会
だがこの困難は、外部というよりもむしろわれわれの内部にあるのだ。第五六五信 ここでは少なくとも太陽だけはすばらしい。第五九三信 『ゴッホの手紙』テオドル宛(岩波文庫) 十月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回は芸術の秋、というのを意識し…
アルルよりパリのテオヘ 第五四六信 手紙をありがとう、でも今度はずいぶんやきもきもした、木曜日にすっからかんになって月曜までは滅法長かった。その四日間を大体二十三杯のコーヒーとパンでつないだ、その分はこれから払わなければならない。君の間違い…
後になって証明されたとおり、自分達の初台ではついに血を見ずに終った。その主なる理由の一つは、ここいらは概して教養ある人々、所謂知識階級が多かった事である。正直な所、自分は社会主義者と同じように、この震災にあたって、所謂民衆なるものに失望し…
鄭君と自分が先ず押しひしがれた押入の間から夜具を引出していると、李君は一心にそこらを掻き起しつつ熱心な調子でこう言った。 「そんな物は後でいいから、何より本を探し出して下さい。本が一番大事なんです。本を失ったら一番困ります。それから色々なノ…
この絶望的に破壊的な爆弾が炸裂しても、その巨大な悪の総量にバランスをとるだけの人間的な善の努力が、地上でおこなわれ、この武器の威力のもたらすものが、人間的なものを一切うけつけない悪魔的な限界の向こうから、人間がなおそこに希望を見出しうる限…
たとえば、被爆して、ひととおりの悲惨な目にあった家族が、健康を恢復し、人間として再生できたという物語はないものだろうか。 『ヒロシマ・ノート』大江健三郎 ◆「別府鉄輪朝読書ノ会 8.27 」 八月は毎年戦争文学を読んでいます。今年は三月に八十八歳で…
自分のいない日本語のほうが、やはり美しい。 『鴨川ランナー』グレゴリー・ケズナジャット 七月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回は『鴨川ランナー』グレゴリー・ケズナジャットをとりあげ、 参加者のみなさんと読んでいきました。 はじめに自己紹…
紙面の上で珍しい宝石のように輝いていた綿密な文字に気がつくと、きみは思わず手の動きを止めて目を凝らす。意味どころか、発音すら想像がつかない。じっと眺めて理解しようとするものの掴みどころはない。拒まれたというわけではなく、文字はただそこに立…
まどかは当事者性なんて一つも持っていなかった。 『N/A』年森瑛 六月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回は参加者のみなさんと『N/A』年森瑛を読みました。 ・3回読んでも残るモヤモヤ ・面白かった、笑えた ・主人公のことだけがわからない ・「…
かけがえのない他人、は、まどかにとって特別な意味を持つ言葉だ。 ホットケーキを食べたりおてがみを送ったりするような普遍的なことをしていても世界がきらめいて見えるような、他の人では代替不可能な関係のことを、かけがえのない他人同士と名付けていた…
なるべくちゃんとしていない、体に悪いものだけが、おれを温められる。 食べる者の顔などが分からない人たちが作った、正確な食べ物。 『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子 五月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回とりあげた作品は高瀬…
藤さんはいいよな、おれと同じだけ残業したって家に帰ればああいう食べ物が頼まなくても出てきて、朝飯も昼の弁当も用意されていて、食べることを考えなくたって生きていける。 『おいしいごはんがおいしく食べられますように』高瀬隼子(講談社) ◆「別府鉄…
彼等は山の中にいる心を抱いて、都会に住んでいた。 『門』夏目漱石 四月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 満員御礼の、キャンセル待ちの回でした。 今回で7周年を迎えまして、ここまで続けられてうれしいです。 今でも毎回新しく初参加して、リピート…
ある時はひそかに過ぎた春を回顧して、あれが己の栄華の頂点だったんだと、始めて醒めた眼に遠い霞を見る事もあった。 『門』夏目漱石 ◆「別府鉄輪朝読書ノ会 4.23 」四月は夏目漱石『門』(新潮文庫)を読んでいきます。略奪婚の先に幸せはあるのか――。たま…
なにしろ、わたしが知らないうちにとつぜん何かが終ったのであり、そして今度は早くも、わたしが知らないうちにとつぜん何かがはじまっていたのである。 『挾み撃ち』後藤明生 三月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回は前回のゴーゴリ『外套』に憧れ…
わたしはゴーゴリの『外套』を翻訳中の露文和訳者でもない。しかし、あのカーキ色の旧陸軍歩兵の外套を着て、九州筑前の田舎町から東京へ出て来て以来ずっと二十年の間、外套、外套、外套と考え続けてきた人間だった。たとえ真似であっても構わない。何とし…
何処かとんと見当もつかないほど遠くの方に、まるで世界の涯にでも立っているように思われる交番の灯りがちらちらしていた。 『外套』ゴーゴリ(平井肇訳) 二月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 ご参加ありがとうございました。 今回とりあげた作品は…
しかし、これはどうも仕方がない!罪はどうもペテルブルグの気候にあるのだから。 『外套・鼻』ゴーゴリ 二月の別府鉄輪朝読書ノ会の案内です。 ゴーゴリはロシア文学を代表する作家ですが、出身はウクライナです。 ◆「別府鉄輪朝読書ノ会 2.19 」寒い二月は…
今、この仕事ができるのはアメリカ広しといえどもわたしひとりきりだろう。そしてそれが今わたしのしていることなのだ。ここでの仕事が終わったあとは、なにかほかのことを探すつもりだ。未来にはたくさんのことが私を待ちかまえていると信じている。 ああ、…
ぼくにわかっているのは、そこにいなければならないということだけさ。それがぼくの仕事なんだ。あそこにいなければならない。 『愛のゆくえ』リチャード・ブローティガン ついに別府鉄輪朝読書ノ会も八十回! 年明けての課題図書はブローティガンの『愛のゆ…
吾平は寝る時も枕元に算盤を置いた。ふと、商算がうかべば、人の寝しずまった深夜にも、まだ空が白まない夜明け方にもむっくり起き上がり、寝床の上に几帳面に端坐して、一心に算盤をはじいた。油垢に黒く光った算盤の上を、節くれだった太い指先が、飽くこ…
「阿呆たれ!大阪は人間でいうたらへそや、大阪商人が闇稼ぎしたら、日本中にほんまの商人無うなってしまいよるわ、大阪商人の根性はなあ、信用のある商品を薄利多売して、その労苦で儲けることや、大阪の根性も知りくさらんと、ど性骨叩きあげたろか、闇屋…
落ちついて考えて見ると、全く何も用事がない。行く先はあるが、汽車が走って行くから、それに任しておけばいい。 『第二阿房列車』内田百閒 11月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回みなさんと読んだ作品は内田百閒『第二阿房列車』でした。 別府に…
私の座席の窓は曇らない。 内田百閒『第二阿房列車』 十一月の別府鉄輪朝読書ノ会の案内です。 今年は鉄道開業150周年とのこと。十一月はレールの繋ぎ目が刻む音を愛する究極の鉄ちゃん、内田百閒の『第二阿房列車』(新潮文庫)を読んでいきます。第一阿房…
その夜のランニングは六月にはじめて、走ることを命じられた夜に似ていた。 『草の響き』佐藤泰志 こんにちは。 十月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回選んだ作品は佐藤泰志『きみの鳥はうたえる』『草の響き』でした。 80年代のまだ「余力」のあっ…
◆「別府鉄輪朝読書ノ会 10.30 」十月は村上春樹と同い年ゆえにその栄光の影に隠れ、目立った文学賞を獲ることなく自死してしまった作家佐藤泰志氏の作品をとりあげます。没後30年、近年評価が著しく高まり、多くの作品が映画化されています。今回は『きみの…
「だまされてるの?」 「わたし? だまされてないよ」 そのあと妙な沈黙があった。 『星の子』今村夏子 第七十六回目の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 今回とりあげた作品は『星の子』今村夏子でした。 新興宗教2世が題材となっていて、作品自体は2017…
「教えてやる。おれとおまえ、将来結婚するんだよ」 「エッ」 『星の子』今村夏子(朝日文庫) ◆「別府鉄輪朝読書ノ会 9.25 」九月は新興宗教2世を扱った『星の子』今村夏子(朝日文庫)を読んでいきます。(内容紹介)林ちひろは中学3年生。病弱だった娘を…
待っている兵はいらいらしてきた。それほど彼等は若い女に接しなかったし、戦場に居ると不思議と女のことばかり考えるものであった。 『生きている兵隊』石川達三 八月の別府鉄輪朝読書ノ会を開催しました。 八月は毎年戦争文学を読んでいて、今年は『生きて…
残された熱気とともに夜へむかい、ゆっくりと沈んでいこうとしている夏の夕刻は、いろんなものがこんなにはっきり見えるのに、いろんなものがあいまいだ。懐かしさとか優しさとか、もう取り返しがつかないことやものたちで満ちていて、そんなもやのなかを歩…